清水氏は散逸構造の考察に入る前段階として化学進化について考えている。
アミノ酸がひとりでに結合し蛋白質の分子ができる可能性はあるだろうか? 結論から言うと閉鎖系では無いということになる。清水氏は蛋白質が100個のアミノ酸からできているとするとボルツマンの分布則を使ってその出現する確率は10の390乗分の1である事を示す。これはアミノ酸がペプチド結合を作るのに1モル当たり約5500calの自由エネルギーを必要とするからである。

しかし実際には太古の地球でその化学進化が初めは遺伝子の誘導無しに起きた訳だ。それは何故か? 清水氏は昼と夜の大きな温度差の繰り返しが大きな役割を果たしたと推測する。昼に太陽から巨大な熱を受け取り夜に宇宙へ熱を放出する。アミノ酸などの原材料は二つの熱源に接し常に熱の流入・流出が起きている。すると惑星の自転が非常に大きな意味を持っている事が分かる。

他の熱源から常に熱が流入・流出する流れが存在する事。現代の熱力学ではこの状態は不安定な非平衡状態と見なされるが、この熱の不断の流れが動的秩序が形成される第一の条件である。
 




対流は散逸構造の典型的な例である。対流はまず下から上へという熱の流れが有る事が前提となる。上から熱しても対流は起きない。

伝導と赤外線の放射だけでは熱の拡散が下からの熱の供給に追いつかず、熱せられ膨張し軽くなった温水が下に、比較的重い冷水が上に有るという不安定性が蓄積される事になる。
この不安定性が一定の限度を越えた時、熱の拡散を越えて物質自体が運動し始める。これを「相転移」という。

しかし下の温水と上の冷水が入れ替わる動きがランダムに起きている内は対流ではない。これが循環する全体運動になるにはさらに飛躍が必要である。どの様な飛躍だろうか? 水分子が協調して動くという事、つまり「ミクロのレベルでの動的協力性」である。この動的協力性はどの様にして生まれるのだろうか?

この動的協力性について清水氏はレーザー光線の例を挙げる事でそのフィードバックとしての性格を明らかにしようとする。
レーザーでは励起状態にある分子が基底状態の分子より多くなるという不安定性により、放出された光が外へ出る前に他の励起分子に衝突し、誘導によって位相の揃った光を放出する。

対流でもまず塊として温水が動き他の水分子と衝突する事でランダムな分子運動が方向が揃った運動になる。一度流れができると勢いで周りの水も巻き込むからますます一定方向の流れが大きくなる。

レーザーと対流に共通するのは、不安定から安定へ戻そうとするミクロの動きが互いに影響を及ぼし合って協調する事。これは分子のランダムな運動が負のフィードバックであったのとちょうど逆であり、分子の協調、連動が正のフィードバックとして働いている事になる。

清水氏はこれを起き上がり小法師の運動に比較している。起き上がり小法師を揺らしても減衰振動で同じ姿勢に戻って静止する事はビーカーの水を下から少し熱しても拡散され温度が均一の状態に戻る事と同じである。

しかし激しく熱すると不安定性が蓄積される。これは起き上がり小法師を逆さに置いたのと同じでちょっと押しただけで倒れてしまう。
不安定な状態では起き上がり小法師の揺らぎが拡大されランダムな揺らぎの等方性が破れて異方的な選択が生まれるのである。


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ここで対流という散逸構造は「自由エネルギー最小化」という静的秩序の原理からは断絶しているが、ポテンシャルエネルギーの大きい不安定状態で揺らぎが拡大され、ミクロとマクロの間に正のフィードバックが生じるという点で力学的問題と連続している事が分かる。



清水氏はミクロのレベルの動的協力性の例としてレーザー光線と対流現象を挙げたが、3つ目の例として筋肉の収縮運動を挙げ、レーザーや対流との共通点を考える。

筋繊維は太いミオシン繊維と細いアクチン繊維からなっているが、収縮はミオシンの六方格子からできる三角形の筒の中にアクチン繊維が滑り込む事によって起きる。


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この滑り込みの仕組みは分子構造的にほぼ解明されており、ATP(アデノシン三リン酸)がADP(アデノシン二リン酸)に変わる時のエネルギーでミオシン分子の頭が首振り運動を起こし、それによりアクチン繊維が引き込まれる。

清水氏はここでATPからADPへの化学変化によって熱が生じ、ミオシン格子内の液の粘度が上昇する事でミオシン分子の頭の首振り運動が隣の頭へと伝達され、多くのミオシン分子の頭が連動して動くと推定する。これは学会ではまだ定説として認められていない説である。

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ここで僕が連想するのは(この本とは少し離れるが)海綿の内腔の鞭毛が連動して水流を発生させる現象である。クラゲやイソギンチャクと違って海綿には神経が無い。神経の無いところでどの様に隣り合った細胞が連動できるのかは長い間謎だったが、最近日本の研究者によって神経は無くても網状の組織で繋がっていて細胞膜電位が伝わる仕組みになっている事、その網状組織はシンシチウムと呼ばれる多核単細胞の構造になっている事が確認された。

清水氏は筋収縮の動的協力性を対流の原理と連続的に推定し、水圧による連動を考えているが、もしかすると海綿と同様の電気的連動の仕組みが今後発見される可能性は大いに有ると考えられる。

ミクロの運動をマクロの運動に変換する原理が「動的協力性による正のフィードバック」である事は変わり無くてもその運動の自己増殖の方法は高次元の物へと進化し得る。これは逆に言えば次元の高い物へと進化しても根源的には同じ原理が働いている可能性が有るという事だ。