ノーバート・ウィーナーが1948年にサイバネティクスを始めて提唱した時、その中心テーマは負のフィードバックによる系の安定的な制御であった。それを自己組織化論の方向へ方向転換させたきっかけは1963年の丸山孫郎氏による「セカンド・サイバネティクス」の提唱だったと言われる。http://shakaigaku.exblog.jp/2380892/
しかし1961年のウィーナーの「サイバネティクス」第2版では非線形振動とその同期(=引き込み)現象が中心テーマとなっている。
サイバネティクスはいずれにせよ負のフィードバックと同様に正のフィードバックも秩序形成の原理として注目する方向にあり、この「正のフィードバックと負のフィードバックの関係」「動的秩序形成、維持におけるその2つの役割」というテーマに清水氏がどう答えているかが最も興味ある所だが残念ながらあまり歯切れは良くない。現在まだ研究中という事なのだろう。そこでここからは清水氏の論点を中心に僕の考察を交えて書く事になる。





変位に比例した復元力が働く振動を線形振動、変位と力の関係が一次式では表せない場合を非線形振動と呼ぶ。

非線形振動の具体例はアルコール発酵に見られる様な化学振動、心臓や脳波などの生体リズムなどがある。カオス理論で学習した「エビ- サメ空間」もその例である。
http://blogs.yahoo.co.jp/bashar8698/39335471.html
振り子やバネの振動も非線形振動だが、振れ幅が小さい場合は近似的に線形振動として扱う事ができる。

条件を整える事で時間的振動のパターンを空間的パターンの変化に変えられる場合があり、ベルソフ=ジャボチンスキー反応がその最も有名な例である。



この空間的パターン形成はシマウマなど動物の模様を説明する原理として注目され、時間的リズム振動と空間的パターン形成が本質的に同じものである事を示唆している。





<非線形振動の水槽モデル>

非線形振動はなぜ起こるのか? 清水氏は単純な非線形振動の原理を杉田元宜氏の水槽モデルを使って説明している。https://ezproxy.lib.hit-u.ac.jp/rs/bitstream/10086/10001/1/HNjinbun0000104840.pdf 


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上図でBの水圧に比例してIの弁が開き、Cの水圧に比例してllの弁が開く。これは水圧が高くなると流入する水量が多くなりさらに水圧が高くなるから正のフィードバックである。一方、各水槽では水圧が高いほど同じ弁の開き方でも流出量は多くなる。これは負のフィードバックである。

つまりこの系は3つの負のフィードバックと2つの正のフィードバックが組み合わさっている。その結果水槽B、Cの水の体積は交互に増大と減少を繰り返すリズム振動を起こす。

lとllの弁のフィードバックを無くすと振動はなくなり水の流入量は一定の値に収束する。
この事をよく考えてみよう。正のフィードバックは「水量一定」という目標に対しては逸脱する機能を持つが、「水量の振動」という動的秩序に対しては秩序維持の機能の一端を担っている。

動的秩序においては負のフィードバックだけでなく正のフィードバックも、また物質とエネルギーの流れ自体も秩序を維持する役割を果たし得るという事だ。
正のフィードバックが系を拡散、破綻へ導き、負のフィードバックが系を維持する均衡回復機能という図式は動的秩序では成り立たない事になる。






<アルコール発酵>

アルコール発酵は酵母菌によってグルコース、フルクトース、ショ糖などの糖類が分解されエタノールとCO2を生成する反応であり、同時にADP(アデノシン二リン酸)から ATP(アデノシン三リン酸)が作られる事でエネルギーが生産される。ATPは生物内で自由エネルギーを供給してADPに戻る。    ADP  ATP

反応経路を仲介するのはNAD(ニコチンアミド・アデニンジヌクレオチド)である。NADは酸化型であり水素が結びつくと還元型のNADHとなる。NADは生体内のほとんど全ての組織に存在し、生体内の酸化還元反応で水素と電子を伝達しATPの生産に関与する。

が交互に変化する事で全体の反応のエネルギーをバッテリーのように蓄え、調整している。                NAD ⇄ NADH

また反応過程にPFK(ホスホフルクトキナーゼ)と呼ばれる触媒が関与しADP、ATPと反応して活性型と不活性型の間を循環する。ADPが結合すると活性型となり、ADPからATPへの反応を促進し、ATPの量が多くなる。ATPと結合すると不活性となりATP生産反応が抑えられる。つまりATPを生産する反応での負のフィードバックとなっている。

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酸化型と還元型、活性型と不活性型の循環は化学振動の一種であり、これら何重もの反応経路の組み合わせが全体の反応を調整している。この系にグルコースを投入し、生成されたエタノールを排出する流れを作ってやるとNADHの濃度も振動する。

ここでNADやATPの反応経路のループは正のフィードバックでも負のフィードバックでもない。しかしこの複数の化学反応が合体して一連の反応となる事で全体の進行を安定化させている。これは模式的に下の様に描けるだろう。

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このように動的秩序では反応を強めたり弱めたりするフィードバックだけでなく反応の複合、合体自体が全体を安定化する機能を果たす事ができるという事である。





<引き込み現象>

この非線形振動はエネルギーの絶えざる流れを前提として自発的に形成される秩序であり、時間的なリズム振動と空間的なパターン形成が本質的に同じである事を考えれば、これも対流と同様に散逸構造と考えられる。すると対流における動的協力性が非線形振動における引き込みに相当する事が分かる。

引き込み現象をバネや振り子の共振現象と比較するとその特徴がよく分かる。

固有振動数が同じバネや振り子が糸などで連結している場合、運動エネルギーの共振、移動が起こる。




これに対し非線形振動では固有振動数に差が有っても振動の引き込み現象が起こる事、また振動の位相も一致する事が特徴である。

これは対流における分子の衝突、レーザーにおける誘導放出と並んでミクロの動的協力性を作り、ミクロの運動をマクロの運動へ変換する原理である。

心臓細胞の連動の例を見れば分かる通り、引き込みは「等方性の破れ」という域を超えてミクロのリズムをマクロのリズムに写像する事、即ちフラクタルを作る原理でもある。同時に引き込みは一度作られた全体のリズムを維持する機能も持っている。リズムという散逸構造を維持するのは負のフィードバックと言えないだろうか?


振り子運動は普通は負のフィードバックとは言わない。しかし変位に対して復元力が働く点で負のフィードバックと根本的に同じ原理が働いているとみなす事ができる。負のフィードバックの多くが振り子運動と同様に減衰振動の様相を示すのはそのためだ。

同様に引き込み現象も細胞のリズムがバラバラになるのを防ぎ全体のリズムを維持するという点で秩序維持的な原理であると見なせる。

負のフィードバックの概念を拡張する事、またはそのさらに根源にある秩序維持の原理を考えなければならなくなるという事である。