グノーシス主義を代表する神学としてヴァレンティノス派の大成者
プトレマイオスの説を概観してみたい。

下は僕が最もグノーシス主義を感ずるイギリスの画家、「魂の幻視者」の異名をとるウィリアム・ブレイクの描いた「ユリゼン」という名の神である。
 

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ブレイク自身の説明ではユリゼンは人間の創造主であり「天から遣わされ見間違われた悪魔」だそうだ。まさにプトレマイオス神話のデミウルゴスである。

 

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プトレマイオスはプロティノス(205~270)と同じく3世紀の人だったと思われる。

プトレマイオス神学はヘレニズム時代の宇宙観と一緒に理解する必要がある。当時ローマの人々は下のような宇宙を考えていたと言う。


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地球を中心に何重もの同心球が取り巻いている。月下界の縁を月が運行し、その外側の惑星天は「7人の支配者」と呼ばれる惑星が通る。内側から金星、水星、太陽、火星、木星、土星である。この惑星は罪を負っている。金星は欲情、水星は虚偽、太陽は強欲、火星は憤怒、木星は傲慢、土星は怠惰である。

彼等が「支配者」と呼ばれるのは彼等が運命を支配しているからだ。惑星にはアルコーンが住み、神の領域へ脱出しようとする人間を妨害する。

さらに外側の恒星天は火の元素(恒星)が集中している。
叡智界=プレーローマはそのさらに外側にある。





プトレマイオスの神学を見てみよう。

初めに不可知の神、男性原理「原父」=深淵と女性原理「思考」=沈黙が有り、そこから6柱の神(アイオーン)が産まれ計4組のアイオーンとなった。即ち

原父(プロパトール)と思考(エンノイア)
叡智(ヌース)と真理(アレーテイア)
言葉(ロゴス)と命(ゾーエー)
原人間(アントロポス)と教会(エクレシア)

この初めの4組は至高にして別格のアイオーンでありオグドアス(8個の集まり)と呼ばれた。これが恒星界オグドアスである。

さらに原父と思考は多くのアイオーンを産み、最後に「欲求と知恵(ソフィア)」が生まれ、神々は30組となった。

プトレマイオスの特徴の一つは神(アイオーン)が男女ペアをなし、子供として他の神を産むという事だ。日本の様な母権的な農業社会を想像させる。しかしプロティノスの影響で出産を「両性具有の原父から流出した」と表現する文献も有る。

もう一つ注目されるのはアイオーンが全て抽象名詞である事だ。そして中期プラトンの用語が至る所に現れる。恐らくグノーシス主義はイエスの様な底辺の民と交わる者ではなく、パリサイ派やエッセネ派の様な知的エリートによって担われたのだろう。

叡智(ヌース)は原父の偉大さを教え広めようとしたが、原父はそれを喜ばず邪魔をした。原父は不可知でなければならないからである。

最も低い神格の知恵(ソフィア)は原父の正体を知りたい(交わりたい)という欲求を抑え切れず叡智界の境界を破ろうとした。神界の秩序を犯したソフィアは「意図」と「情念」に分裂し惑星界(ヘブドマス)へ堕とされた。

叡智はキリストを生み、原父が不可知である事を世界に宣教し叡智界の秩序を回復した。しかしソフィアは叡智界に戻れず、「意図」と分裂した「情念」は悲しみ、恐れ、困窮、無知という4つの否定的感情を発した。

ソフィアは天使達と交わって悪神「デミウルゴス」、「霊」(プネウマ)、「魂」(プシュケー)が生まれ、
デミウルゴスは惑星界と物質界を創造し、また人間を作って「魂」を吹き込んだ。

一方、彼女から切り離された「情念」は物質化し、4つの否定的感情は4大元素になった。こうして「霊」「魂」「物質」「デミウルゴス」が生まれた。

女性原理が欲望を抑え切れず罪を犯す点は聖書と似ているが、この世は神ではなくデミウルゴスが作った、言い換えればユダヤ教の信仰するヤーウェは実は悪魔だと言うのである。

デミウルゴスは母ソフィアの存在を知らず、自分が全世界の主だと思っていたが、ソフィアはひそかにデミウルゴスの中にも「霊的な胎児(プネウマ)」を入れていたので、人間の中にも「霊的な胎児」が蒔かれる事になった。

罪を作ったのはソフィアだが、デミウルゴスの裏をかいて人間の魂に良心を植え付け、世界救済の可能性を残しておいたのもまたソフィアである。堕罪神話の中に救済の可能性が微かに残っている辺り、天台教学の十界互具に似ていないだろうか?


人間の魂が自身の中にプネウマを発見し成熟して真の認識を得ると、ソフィアは叡智界に復帰しキリストと結婚する。デミウルゴスと良き魂は恒星界に上昇し、悪しき魂と物質界は火によって焼かれ滅びる定めとなっていると言う。

人間だけではなく「宇宙そのもの」がすでに狂っているのではないか? 世界はその出発点から間違っているのではないか? という後期ドストエフスキーの「大審問官」の苦悩はグノーシス主義に源を発するのである。