ノヴァーリスは23歳の時、10歳年下のゾフィーと恋に落ち婚約するが2年後に彼女は病気で亡くなった。  
彼は彼女の死に大きな衝撃を受け一時は自殺を考えたという。





   世界は遠く隔たり ――深い墓穴のうちに沈んで――

 その場所は荒涼と弧絶している。

    胸腔の弦に深い悲哀は吹く。

    露滴とともに、わたしは沈み、 灰とわが身を混じえよう。

                                                                (夜の讃歌 1)



ノヴァーリスはゾフィーの墓で悲嘆にくれ、悲嘆の後には静かな諦念が辺りに死の予感を伴って流れる。








「夜の讃歌」はノヴァーリスのほとんど唯一の詩作品だ。

ドイツ・ロマン派に多く見られる モチーフに「心の傷」とそれ故の 

「過去への憧憬」がある。

これはカスパー・ダヴィッド・フリードリヒの絵画にも共通するものだ。
http://m.blogs.yahoo.co.jp/bashar8698/37726483.html













しかしゾフィーの墓での悲哀と諦念は、突然夜の魅力に捉えられる事で一変する。





突如、予感にみちて胸奥に湧き、憂愁の軟風を嚥みつくすものは何?

あなたもまた、暗い力よ、 われら人の子に好意を示すというのか?

あなたが衣の下に隠すもの、

不可視の力をもってわが魂に迫るものは何?





夜空に散りばめられた星に魂が同化した時、彼の魂は分解し、無数の星の輝きは彼が世界の真相を垣間見る無数の視線となる。





夜がわれらの心に開く無限の眼は、

かの燦々たる星にもまして気高いものに思われる。



かの数え知られぬ天の軍勢、 星のつどいの蒼ざめる光の涯よりも、

さらにはるかをその眼は見る ――光を借りずして、

その眼は愛する者の心情の、――奥処を見抜く。



世界の女王、もろもろの聖なる世界の告知者、

至福の愛の守護者こそは讃むべきかな






今こそわたしは覚める

  ――わたしはおまえの物、そしてわたしの物なのだから ――

おまえは夜がわたしのいのちだと告げ ――わたしを人間にしてくれたのだ



霊の焔でこの身を食いほろぼすがよい、 この身が風のようになり、 

さらに切々とおまえと交じわるために、 

そしてそのときには婚礼の夜が永遠につづかんために。







それは新たな目覚めだった。

星となり夜となったノヴァーリスは夜の輝きの中にゾフィーを見た。





失われた「世界の意味」を回復する事、「世界をロマン化」する事、

ここでノヴァーリスの自然哲学が彼の深い心の傷と密接に関連している事が明かされる。

それは高次元の中でゾフィーと再会する事だったのだ。









毎晩の夢の中でしか彼女に会えないかの様に、彼は朝を疎ましく感じ始める。



かならずや朝は戻らずにはやまないものか?

大地の権勢はついにやまないのか ?

不吉な昼の営みは、夜のけだかい気配をくいほろぼす。

ひそやかな愛の供物が永遠に燃えようときはないのか?

                                                       (夜の讃歌 2)





夜の熱狂に捉えられた当初は未だ昼と夜が対立している。

しかし対立関係は次第に止揚されていく。

有限な光を無限の夜が包み込むからだ。





光の支配には時が限られてある 。

しかし夜の宰領は時空を超えている。

眠りの持続は永遠なのだ。



いまこそわたしは知る、最後の朝が到来する時を

 ――光が、もはや夜と愛とを追い立てなくなる時を

 ――まどろみが永遠となり、 ただひとつの尽きせぬ夢となる時を。

                      (夜の讃歌 4)



夜は母親のようにあなた(光) を支え、

あなたは栄光のすべてを夜に負うている。



夜と一体化したノヴァーリスは宇宙とも一体化している。



まことわたしは、あなたがこの世に在るよりもさらに以前に生まれたのだ。

母なる夜がわが兄弟と共にわたしをこの世に贈ったのだ。











ノヴァーリスにとって詩とは世界をロマン化する創造行為である。

宇宙まで拡大した自我はヨーロッパの歴史をもロマン化し、3段階の詩的歴史と化す。



ギリシャの神々の支配する若い至福の時代、

憤怒の妖怪に支配される終末の時代、

イエス・キリストによる世界の再生。





朗らかな宴の卓にすさまじく歩み寄り、 

たのしいまどいを荒々しい驚愕で包んだものは。



この妖怪のゆく径ははかりしられず

その憤怒を静めるに、いかな祈りも施与も無益であった。

かくて愉楽の宴を、畏怖や苦痛や涙をもって断ったのは、死だ。

                                                                                     (夜の讃歌 5)



ここで憤怒と死を撒き散らす妖怪はローマ帝国の世俗的権力を指している。

しかし次回これが革命に拡大解釈されるのを我々は見るだろう。







人皆のさげすみを受けながら、 ときじくも熟し、

青春の至幸の純潔にあらがいそむいていた民族の中に、

未聞の相貌をもつ新たな世界は出現した



死において永遠の生は識られる 、

あなたは死であって、しかもわれらをすこやかにする。







さきに「失われた世界の意味を取り戻す事」はゾフィーを取り戻す事と重ねられたが、ここでさらにキリストの死と再生、ヨーロッパ文明の死と再生に重ねられる。ノヴァーリスの「世界のロマン化 、意味回復」はこのように多重の意味が重ねられている。





わたしは昼を 信と勇気にみちて生き

 そして夜々 聖なる灼熱に死ぬ   
(夜の讃歌 4)



もはや光と闇、昼と夜、生と死の対立は廃棄され、

両者が支え合う境地に彼は辿り着いた。