<学習と条件反射>

英会話の学習とジャズのアドリブの練習は非常に似ている。

初めは相手の単語を英和辞典で引かないと意味が解らない。
その後自分の答えを和英辞典で翻訳して文法的に合う様に話す。
単語を覚えても当分は「comprehendとは?・・・ああ、理解するか」と考えて理解し言葉を再び考えて返す。
しかし何年も反復練習をする事により次第に考えなくとも言葉を返せる様になる。

ジャズのアドリブも同様だ。初心者はコードにいちいちドリアンとかリディアンとかスケールを当てはめて弾くが次第にスケールなどどうでも良くなっていく。

動作が次第に無意識化していくこの過程は生理的には何が起きているのだろうか? 

外的情報が感覚神経を通して神経中枢へ伝わり、その後運動神経を通じて発話や楽器演奏などの行動として現れる経路を大きく反射弓と呼べば(この定義は生物学で言う反射弓よりずっと広い)反射弓の折り返し点が変化し、反射弓が短くなっていくのだ。

思考回路も似ているところがある。ニューロンの網目構造は成人では変化しないが、シナプスの数が増え情報伝達が速くなる事によって同じ事を容易に考えられる様になっていく。
また遠回りしていた回路が別のシナプスが活性化され繋がる事で短縮される事もあるだろう。

神経細胞は新しく作られなくとも神経回路、反射弓は新しく作られるのである。

一方では反射弓が短くなり他方では太くなるのだが、これを同質と考えれば、学習と条件反射は本質的に同じものである。

どちらも反復する事で反射弓が短く太くなっていくのである。


<粘菌の学習>

以前、粘菌が神経回路の如く繋がって迷路学習をする事に僕は驚かされた。

粘菌の学習も基本は同じ事だ。情報伝達が反復される事によって経路が短縮され最短経路を見つけるのである。


<形態形成場>


「反復による経路の強化」という事から連想するのはヘッケルの反復説、そしてシェルドレイクの「形態形成場の仮説」である。

シェルドレイクによれば個体発生が系統発生を繰り返すのは過去の形態が或る「場」に記憶されており、現在の胚がその「場」の記憶に共鳴するからなのである。

また形態形成場は単に「同種の生物が同じ形になる理由」を説明するだけでなく、学習による記憶の刻印される場として考えられている。

シェルドレイクはヘッケル的反復と行動の反復による記憶の形成とを同じモデルで考えようとしているのだ。

学習・条件反射は反復によって次の行動の能力が高まるのに対し、ヘッケル的反復では次の個体が同じ経路を辿る確率が高まる。

能力が高まるのと確率が高まるのは違うと考えるかもしれない。
しかしヘッケルの反復をワディントン地形で表す事で両者の相似象がハッキリする。

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初めは分岐点で右へ転がる確率と左へ転がる確率は同じでも、一度右へ転がる事で右の溝が深くなり、さらに次の球も右へ行く確率が高まる。
ヘッケルでは反復によって溝が深くなり、神経回路では反復によってシナプスの数や伝達物質が増え、シナプスが通り易くなる。



形態形成場とはいわばオカルティストの言う「アカシック・レコード」、シュタイナーの言う「アカシャ年代記」(独 Akasha Chronik)の様なものだ。学者は決して公式にはこの説を認める事ができない。
敢えて言えばユングの「集合無意識」がこれに近いかもしれない。

何故こんな考え方が出て来るかというと、DNAやタンパク質、それらのシグナル伝達経路をいくら詳しく研究しても「細胞分化の謎の解明」という目標は遥かに遠く、いやそれどころかますます遠ざかって行く様にさえ見えるからである。

それは倉谷氏が正しく指摘している通り、化学反応の連鎖だけではないのだ。

タンパク質の物理的形、増殖による周囲の組織との接近、それによる誘導、という物理的要素、位置情報まで考慮した連鎖反応まで解明しなければならず、それはニュートンの運動方程式と水の乱流の間に何重ものカオスの層による断絶があるように、ほとんど原理的に不可能であるかにさえ見える。

シェルドレイクは、DNAには蛋白質やアミノ酸に関する情報が記されているだけであり、生命がどのような「形態」になるかという情報までは記されていないと主張する。合理的に考えればそう考えざるを得ないと僕も思う。


<ワディントン地形の変形>

ワディントン地形は今でも「何を意味するのか解らない」という意見が出されている。それもそのはず、ワディントン地形はシェルドレイクの「形態形成場」そのものだからだ。
この樹状構造の溝は確率分布を表していると考えられる。確率を表すのが溝の深さである。


この樹状構造は溝の深さが変わるだけではない。時には何かの拍子で球が溝の壁を突き抜け、別のルートを作る事もある。系統樹の形が変わるのだ。元々近接していた2つの樹状構造が繋がってしまう事も考えられる。

ここで初めてシグナル経路の変異・合体と話が繋がってくる。