アジャンター石窟寺院は中国の敦煌や雲岡と同様、切り立った崖に穴を掘ったものである。
それに対しエローラ石窟寺院の第16窟、カイラーサナータ寺院は玄武岩の山を露天掘りの要領で下へ下へと削り取り寺院を掘り出してしまったという驚異の建造物だ。
写真はこちらからお借りしました。 https://www.abaxjp.com/ind07-kailasanath/ind07-kailasanath.html
その塔の高さは32m、幅は45×85m。8世紀にデカン高原を支配したラーシュトラクータ朝のクリシュナ1世の命令で建設が始まり、約150年もかけて完成したと言われている。
まだ石の頑丈な積み上げ方を知らなかったのかもしれない。しかもピラミッド型なら積み上げ易いが、ヒンドゥー式の凹凸の多い形はなおさら積み上げるのに特殊な技術を要するのだろう。
しかしそれだけではないと僕は考える。「山を掘り下げて行く」という事は「外から中へ食い込んで行く事」であり、そこには動物の「嵌め込み型」の形態形成と同じ衝動が働いている。
動物のはめ込み型の形態形成
コメント
コメント一覧 (6)
ぶっ飛び度では、僕にも負けず劣らずではないですか?笑
「掘り下げていく」ことが動物型の「嵌め込み」に相当するなら、エジプトのピラミッドなどの積み上げ型の建造物は植物的、ということになるのでしょうか。
「掘り下げる」ということで考えると、彫像の仏像なども「嵌め込み型」に相当するでしょうか。最近のプラモデルなどは、パーツを組み合わせていきますから、植物的な積み上げ型なのかもしれません。
ミトラ
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ヒンドゥー建築の場合は穴の中に必要もない柱を作ったり、「外界を内部に作り出す」というモチーフが感じられるのです。
それはモナド的構造とも言えるものであり、梵我一如にも通じるものだと思います。
ミトラ
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石窟寺院を生み出した宗教的衝動は、動物の根源にある「嵌め込み」型の生物的衝動に起源を持ち、その動物―人間が求めているものとは、分離から統合への回帰である梵我一如である、ということですか…。
ミトラ
がしました