18世紀フランスの画家、アントワーヌ・ヴァトー(1684〜1721)はロココ美術に分類される。以前書いた様に(http)フランスではバロックの要素が薄められ古典主義とロココが連続している。

ヴァトーは胸の病気で36歳の若さで亡くなったが、当時のフランス貴族やイタリア古典劇の華麗な世界を(恐らく病気のせいであろう)憂鬱な叙情性を感じさせる独特な雰囲気で描いた。

「シテール島への巡礼」はヴァトーの出世作である。
ギリシャ・ペロポネソス半島の南に位置するシテール島(ギリシャ語ではキティラ島)はエーゲ海の出入口にあたる。

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キプロス島と共にアプロディーテ信仰の中心地の一つであり、そこへ巡礼すると良き伴侶が見つかるとの伝説がある。ヴァトーの絵にはシテール島巡礼から帰る男女とクピドが描かれている。
モネやロダンがこの絵に賛辞を送ったそうだ。

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空と海の微妙なグラデーションを見せる色彩、空へ溶けていく遠景、そしてクピドが宙を飛ぶ幻想性はターナーの画風に似ているだろうか。


ポール・ヴェルレーヌ
は象徴主義を代表する詩人の一人である。
ロココの美に憧れていた彼は、この絵の中に「優雅な気品の裏に隠されたメランコリー」を読み取り、そのインスピレーションから「月の光」という詩を作った。

ヴェルレーヌとロココ美術の関係はニーチェとギリシャ悲劇の関係に似ているかも知れない。強い思い入れは自分の資質、傾向性を正当化する仮面となる場合がある。

同性愛者ヴェルレーヌは生涯にわたって仮面をかぶり続けなければならない憂鬱にイタリアの仮面劇の美学を重ね、さらにロココ美術の仮面性をそこに重ねて見た。


ヴェルレーヌ「月の光」

あなたの魂は選りすぐった風景
魅惑的な仮面、ベルガモの衣裳
リュートを奏で、踊りゆく
幻想的な仮面の下に悲しみを隠し
恋の勝利や人生の成功を
彼等は短調の調べにのせて歌う
その幸福を信じる素振りもなく
その歌は混ざりあう、月の光りに
悲しく美しいあの月の光の静寂に
梢の鳥たちを夢に誘い
すらりとした大きな大理石の噴水を
うっとりとすすり泣かせるあの月の光に


このヴェルレーヌの詩に大きなインスピレーションを受けて作曲されたのがガブリエル・フォーレの「月の光」である。貴族の男女の恋の戯れとその裏に隠されたメランコリーが月の光に溶けていく。
 
ロココとヴェルレーヌと印象派を結ぶ感覚主義の秘密を解く鍵がここにあるかも知れない。