気分が腐った夜は静かなジャズで癒そうか。
熱いブラックコーヒーとチェット・ベイカーの青黒いメロディーが
俺の脳内で一つに溶け合う。
しかしまだ何か足りない。
もう一つ何かを混ぜてみようか。
そうだ、鮎川信夫がいい。
一瞬、日夏耿之助かとも思ったが、
やはりチェット・ベイカーには鮎川信夫が似合いだ。


窓の風景は 
額縁のなかに嵌めこまれている 
ああ おれは雨と街路と夜がほしい
夜にならなければ
この倦怠の街の全景を
うまく抱擁することができないのだ
西と東の二つの大戦のあいだに生れて
恋にも革命にも失敗し
急転直下堕落していったあの
イデオロジストの顰め面を窓からつきだしてみる
街は死んでいる
さわやかな朝の風が
頸輪ずれしたおれの咽喉につめたい剃刀をあてる
おれには堀割のそばに立っている人影が
胸をえぐられ
永遠に吠えることのない狼にみえてくる



   ・・・・・・・「繋船ホテルの朝の歌」より一部抜粋