カテゴリ: 🔴 音楽散歩 ルネサンス〜バロック

  まそ鏡  照るべき月を しろたえの雲か隠せる 天つ霧かも直訳:よく澄んだ鏡のように照るべき月を白い薄布のような雲が隠しているのか、それとも天の霧なのか?万葉集とグレゴリオ聖歌の組み合わせという世にも珍しいアイデアはブロ友のRainDrop氏に学んだものである。 ...

久しぶりにバッハの4声コラールでも聴こうか。 カンタータ93番「ただ神の摂理にまかす者」の最終曲は17世紀のドイツの宮廷詩人、ゲオルグ・ノイマルク作詞作曲のコラールに基づいて作られたもの。歌詞を右の資料からお借りする。http主に歌い祈りて誠つくすべし豊かなる祝 ...

今回もヤフーブログの記事の修正、再掲である。ヌーソロジーの記事を書くにはもう少し時間が必要だ。トマス・ルイス・デ・ヴィクトリア(1548~1611)は画家のエル・グレコ(1541~1614)とほぼ同時代人である。彼は後期ルネサンスのポリフォニー音楽においてローマのパレス ...

前回に続いてバッハの4声コラールを1曲。これは教会カンタータ第78番の最終曲である。               日本語の意味は以下の通りである。弱き我が心 強めたまえ罪と死 我に襲い来る時闘い終わりて とわの幸を受け我が主よ 汝にまみゆる日までこのカンタータは ...

回転群とユニタリ群の図形的意味の記事にもう少し時間がかかりそうだ。まだヤフーブログの音楽記事でこちらへ移していないものが結構あるので、それで間を繋ぐ事にしようか。バッハの4声コラールは全てルター派コラールをアレンジしたものだが、その中でもマルチン・ルター ...

後期バッハの声楽曲の中でもその精神的深さと高みにおいて頂点に達した「マタイ受難曲」及び「ロ短調ミサ曲」をヤフーブログからこちらへ移していなかった事に気づいた。マタイ受難曲の第一曲はこれからイエスに訪れる受難を総体的に歌っている。  来たれ娘たちよ、共に嘆 ...

 BWV599からBWV644までの45曲のオルガン小曲集は「オルゲルビュヒライン」と呼ばれている。本来は164曲のルター派コラールを編曲するつもりでいたが実際に楽譜を書いたのは45曲だけだった。ここに全曲の題名が載っている。httpこのオルガン曲集を作った目的はバッハ自身がは ...

バッハの旋律には隠された象徴的意味があると言う。その研究はアルベルト・シュヴァイツァーからズメントとテリーに継承され定式化されたのだそうだ。http://hamamatsu-bach.sakura.ne.jp/HBS-reference/Baroque-Symbols.pdf上の定式の内、僕がさしあたって興味があるメロデ ...

この曲はずっとカトリック教会の門外不出の曲となっていたそうだ。カトリックの宝物と見なされるほど美しい曲である。超新星の爆発による地球の破滅、しかし植物の生命力による奇跡的な再生を描いた様に見える映像は宇宙と生命の神秘を連想させて感動的だ。 ...

RainDrop氏に教えて頂いた16世紀イングランドの作曲家、ジョン・タヴァナー(1490~1545年)の代表曲である。彼は「エレミアの哀歌」を作ったトマス・タリスより15年、パレストリーナより35年も前の世代だ。対位法はフランドル学派からパレストリーナのローマ学派へという ...

アヴェ・ヴェルム・コルプスの原義は「ようこそ、真の御身体」という意味だそうだ。真の御身体という言葉にはおそらく二つの意味が重ねられている。一つはキリストの身体が母マリアから生まれたと同時に天の神の子でもあり、十字架上で死んだキリストの身体は父なる神によ ...

BBCが製作したトマス・ルイス・デ・ヴィクトリアの特集。歌っているのはイギリスの聖歌合唱団「The Sixteen」だが、この録音はスペインのマドリードにあるサン・アントニオ・デ・ロス・アレマネス教会で行われている。この教会は17世紀前半に建てられたバロック様式の教会 ...

バッハの音楽はよくゴシックの大聖堂にたとえらる。「バッハはバロック音楽なのに何故ゴシック美術に比されるのか?」そんな疑問を持たないだろうか?  しかし音楽史家の話では「対位法」というアイデアはむしろゴシック的な発想なのだそうだ。実際に対位法は12世紀末のレオ ...

クラウディオ・モンテヴェルディは17世紀イタリアの初期バロックを代表する作曲家である。彼は対位法をより自由な形式に変え、ポリフォニーからモノディへの新しい流れを作った。16世紀の半ば、ドイツ農民戦争の最中にイタリアのトリエントで開かれた宗教会議は18年も続き ...

トマス・タリスはウィリアム・バードと共に16世紀のイングランドで活躍したオルガニスト、作曲家であり、タリスはバードの師である。この時代はカトリックと国教会がせめぎ合う闘争の時代だったが、タリスとバードは生涯カトリックで通した。国教会の信仰が強制されたヘンリ ...

パッヘルベル(上図)は南ドイツ・オルガン楽派を代表するオルガニスト、作曲家である。南ドイツ楽派は北部のルター派に対してイタリアのカトリックの影響が強く、それが音楽にも表れて柔らかく叙情的な作品が多い。しかしパッヘルベルが晩年に作曲したマニフィカート・フー ...

  パッヘルベルは17世紀中頃、南ドイツ・オルガン楽派の代表的存在でバッハの長兄ヨハン・クリストフ・バッハの家庭教師でもあった。北ドイツ・オルガン楽派のブクステフーデの厳しいルター派の響きに較べ、南ドイツからイタリアのカトリックの音楽を学んだパッヘルベルは ...

ブクステフーデは、バッハが最も尊敬し、最も大きな影響を受けたオルガニストである。彼は「北ドイツ・オルガン楽派」の集大成と言われる。西洋美術の書庫で述べた様に、ドイツは16世紀のドイツ農民戦争と17世紀の30年戦争で人口の4分の3が死んだと言われている。女性や子 ...

この曲は「前奏曲とフーガ Em」「パッサカーリアとフーガ Cm」と共にバッハのオルガン曲の中でも最高傑作と評価されている。1720年、バッハが35歳の時、ハンブルグの聖ヤコービ教会のオルガニストの職に応募し試験官の前で演奏した曲である。しかしバッハ研究者によれば ...

この作品には「喘ぐ様な悲しみ」「悲劇的な情熱」など悲劇性を読み取る人が多いようだ。http://www.yung.jp/yungdb/op.php?id=2477http://www.niigata-organ.com/html/lecture3.htmlしかし僕はこの曲には(確かに悲しい調子は有るが)意外とロマンチックな印象を受ける。前 ...

  この曲はそれほど有名ではないが、僕にとってはバッハの「前奏曲とフーガ」のベストである。出だしの緊張感は「トッカータとフーガ Dm」のトッカータのクライマックスの部分に似ている。「ついにやって来た破滅的結末」という言葉が浮かぶ。「ついに」に到る経過が省かれ ...

  パレストリーナのポリフォニーはヴィクトリアの激しさに較べて透明感と浮揚する様な神秘感に満ちている。対位法の曲は基本的にコードに直せないのだが、この曲の場合は対位法というより和声的な作りになっているのでコードにする事ができる。出だしの部分のコードを赤ペ ...

パレストリーナは1527年のローマ略奪以後、もっぱらイエズス会のために音楽を書いた。 彼は後期ルネサンス音楽に括られる事が多いが、精神的には後期ミケランジェロと同様に典型的な「ローマ・バロック」である。 歴史的にはフランドル学派の対位法と、イタリ ...

      森と湖の美しさに時間の経つのを忘れ、もう陽射しが高くなっているのに気づいた私はポケットから懐中時計を出した。9時を過ぎていた。2時間も湖面を見続けていた事になる。「帰らないとな」私は病気で寝ている妻が心配になり歩き出したその時、初夏の森の精はもう ...

    いつも歩き慣れた道を通って来たはずの早朝の散歩だったが、今日はいつの間に知らない道に迷い込んでしまった事に気づいた。マイナスイオンの香りに惹かれて奥へ奥へと進んで行くと2kmばかり歩いたところで突然開けた視界に美しい緑色の湖が現れた。神々しい光景に私 ...

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