行書の確立者と言えば王羲之である。下の写真はやはり多木洋一先生のサイトからお借りした。多木先生による王羲之の「蘭亭序」の臨書の一部である。


A34D1389-DED7-4488-B8DC-23559F3BA3AA



D1888EFA-90E3-4429-924D-584E38D81061



335DDB1C-C962-4A42-8EAC-93404A5D79CE


98EA4B28-7011-4DE7-A0C2-81A3556E903D


・・・脳が溶けるほど美しい・・・

王羲之の書を評して「龍が天門を跳ねるが如く、虎が鳳闕に臥すが如し」などと表現される。(鳳闕は鳳凰を飾った王宮の門)

本質を突いた表現だ。ダイナミックなエネルギーが時には龍の如く動き、時にはじっと臥して自身を隠している。しかし隠した表面からエネルギーがにじみ出るのである。


王羲之は晋の皇帝である司馬氏の出身で、南朝文化の主役となった門閥貴族の代表である。唐王朝の後半に貴族的な六朝文化に対抗するように士大夫ナショナリズムが勃興してくると王羲之の貴族的な書風を「俗」と批判する者が現れ、より山水画に合う様な顔真卿の書風が称揚されるようになる。

しかし王羲之は貴族にしては立身出世を好まず、自ら願い出て首都を離れ会稽内吏となった。会稽山の山水を愛し清談の風に染まり、隠棲中の名士との交流を楽しみ、仙道と武術の修行に励んだと言う。


7F954CFE-88D4-43B5-B8AF-3DC87507195D
                                会稽山の風景



王羲之の点画は微妙にたわんでいる。それは抑えても抑え切れない龍のエネルギーだ。
本来は直線的な少林拳を曲線的、内家拳的に演武したこの動画に似ていないだろうか?





蘭亭序は41人の名士を別荘に集めて詩歌の即興会(曲水の宴)を営み、その詩集の序として書かれた物でそれ自体が名詩となっている。
下に和訳が有るのでじっくり味わってみたい。
 
https://ameblo.jp/yorinoto/entry-12591256750.html