(1)位相空間   

カオス理論には幾何学的な用語がよく使われる。
「位相空間」とは分かり易い説明をすれば、集合の要素が持つ性質を変数と見なし座標で表した空間で、ユークリッド幾何学と集合論を結合するためのものである。

例えば平面上の点の集合は、それが平面上の何処に有るかを決める2つの変数、どの方向への速度を持つかを表す2つの変数の合計4つの変数で決まるので4次元の位相空間で表す事ができる。

それによって例えば微分方程式の解の集合を空間と見なして
(1)それが連続的であるかどうか?
(2)或る値に収束するかどうか?
(3)収束せずカオスになるか?
など、その性質を幾何学的に直感する事ができる。


(2)ロトカ・ヴォルテラの方程式  

位相空間の1つの例として「エビ・サメ空間」がある。これは限られた海域でのエビとサメの数の増減を表したものだ。

サメがエビを食べて繁殖し個体数が増えていくとエビの個体数は減る。
エビの個体数が減り過ぎるとサメは食料不足で死んでいく。
サメの数が減ると再びエビの数は増え始める。
ここでエビの個体数をx軸、サメの個体数をy軸に取ったものがエビ・サメ空間で、これを微分方程式で示したのが下のロトカ・ヴォルテラの方程式である。

dx/dy=x(a-by)
 
dy/dt=-y(m-nx)

xyはそれぞれエビとサメの個体数、a,b,m,nは定数である。

この方程式ではxyは変化しながら或る時に元の値に戻る。
つまり周期的に同じ変化を繰り返す。これはエビ・サメ空間では閉じた曲線で表される。

またこの方程式では初期値をどう取っても閉曲線となり、曲線同志で交わる事は無い。つまり初期値によって無数にできる曲線は交わる事なく年輪の様になる。(下図)


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従ってまた、それは年輪の中心点を持っている。その中心点はエビもサメも数が変わらない定常状態である事を示すので「定常点」と呼ぶ。

位相空間を考える事で、微分方程式が1つの解を持つ事は定常点で、周期的に解が変動する事は閉曲線で示され、幾何学的に直感する事ができるのである。


ロトカ・ヴォルテラの方程式についての参考文献
(3)アトラクター   

実はこのヴォルテラの方程式はあまり現実的ではない。

実際には初期値をどの様にとってもエビとサメの個体数の変動は或る一つの閉曲線に近づく。

この様に或る周期運動に収束していく時その周期運動をアトラクターと呼ぶ。
これは上の位相空間ではらせんを描きながら1点に収束していくグラフで表される。




(4)準周期運動 

次に二つの周期運動が合成された場合を考えてみる。

例えば地球上の1点が太陽系の中で取る運動は地球の自転と公転の2つの周期運動の合成であり、トーラス(ドーナツの形)で表す事ができる。
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ここで1年後にピッタリ元の位置 に戻れば、このトーラス上の運動も周期運動であり閉曲線となる。しかし実際は少しずつズレていく 。
ズレては行くのだが、同じトーラスの曲面上に乗る運動となってい る。

この様に閉曲線ではないが一定の領域に収まる場合を「準周期運動」と呼ぶ。




(5)ローレンツのアトラクター  

従来、アトラクターは一点に収束 する「定常点」と周期運動を表す 閉曲線の2種類しかないと考えられていた。

また、二つの周期運動が合成され た場合(準周期運動)はトーラス になり、全ての力学上の動きはトーラスに落ち着くと考えられてい た。

ところが、位相空間での運動がトーラスとはトポロジー的に異なる 奇妙な形状になる場合が有る事が 分かってきた。

その1例が「ローレンツのアトラクター」である。(下図)

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第1章でも説明した様に、これは大気の熱対流を表す連立微分方程式を単純化したものである。

「奇妙なアトラクター」に共通するのは次の2点である。

①まず近接した2点をその後引き 離す要因と再び近づける要因が組み合わさっている事

②拡大していくと無数の層になっていて、どの様に拡大しても更に細かい層に分かれている。

つまりフラクタル構造になっている。




(6)ポアンカレ切断  

エビ・サメ空間は2次元、トーラスやローレンツのアトラクターは3次元だが、現実の物理現象のカオスを考える時、さらに高次元の位相空間を考える必要が出て来る場合が多い。

これを直感的に理解できる様に次元を1つ下げる方法が「ポアンカレ切断」である。

これは高次元位相空間での運動を或る平面で切断し、その交点を順に写像として考える事である。(下図)

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初めの交点をaとすると、次に交わる点bはaの写像である。つまりb =f(a)である。同様にその次に交わる点cはc=f(b)で与えられる。


一般に周期運動のポアンカレ写像は有限個の点になる。

例えば楕円のポアンカレ写像は2つの点になる。

また準周期運動のポアンカレ写像は閉曲線となる。



これは平面と交わってから次に交わるまでの運動を不問に付す(= 情報を捨てる)事によって位相空間の次元を下げているのである。