この記事はまだ思想史の勉強が浅い時に書いたもので、大変恥ずかしい内容なのだが、今後近い内にヴェルフリンを読み直して修正するという事で、一応公開する。



ルネサンスとバロックが美術史上の対立する概念として確立されたのは意外と最近で19世紀も末になってからである。

もちろん「バロック」という言葉は有ったが、それはルネサンスの古典主義からの逸脱としか考えられていなかった。
つまりルネサンス文化の堕落した形がバロックと見られていたのだ。

19世紀の美術史家ヴェルフリンはルネサンスとバロックが全く別のものを目指している事を指摘して、それまでの美術史学を一変させた。

彼によるとルネサンス美術とバロック美術には次の五つの対立点が有る。

 
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ヴェルフリンの説明は非常に鮮やかにバロック美術の独立性を証明した。
しかし残念な事に現象としての差異を説明するのみで、何故その差異が生じるのか、その差異の背景にどの様な社会的、思想史的変化が有るのか説明しようとしない。

そこでネット上の資料に倣ってラファエロとルーベンスの比較から僕がその思想史的意味を考えてみたい。
美術史の専門家の批判、意見をお待ちしている。



① 線的な境界と色彩や明暗による境界

下はラファエロの「小椅子の聖母子」とルーベンスの「キリスト昇架」である。

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左のラファエロの「聖母子」ではマリアとイエスの顔が良く分かるように均等に光があたっている。公文書用の写真やお見合い用の写真ではこういう光のあてかたをする。

一方下のルーベンスの「キリスト昇架」の方は光と闇のコントラストが強調されている。
この闇はゴシックの大聖堂の内部の暗さを思わせる。


ルネサンスが模範としたギリシャ・ローマの文化はヘレニズムの文化である。
この時代はギリシャの宗教がポリス的基盤を失ってオルフェウス教、ピタゴラス教など密教化し、さらにエジプトのイーシス教、オシリス教、イランのマニ教、ミトラ教、メソポタミアのバール教などが混合し、一大シンクレティズムをなしていた。

ストア学派の自然法思想はあらゆる民族、歴史を超えた普遍的な法としてローマ法の基本理念となった。時間(歴史)と空間(民族)を超えた普遍性を目指していたという事である。

ラファエロの安定した均衡を保っているのはそれが現実世界を超えた普遍的なイデアの世界を表現しようとしているからだ。イデアの世界には影が無い。影の無い世界では物と物との境界ははっきりとした線になる。

裏表のない明瞭性。これは乾燥したギリシャの気候にも依っている。
和辻哲郎は「風土」のなかでギリシャの彫刻を「内なるものを残りなく外にあらわにあらわしている」
と表現した。彼は幾何学には言及していないが、ギリシャにおける幾何学の発達も、僕は温和な乾燥気候と関係あると思う。



一方ルーベンスの「闇」はゴシックの大聖堂の内部の闇でもあり、人間の心の奥に潜む闇でもある。

宗教戦争の時代であるバロック期はもはやルネサンス期のような楽天的な性善説を維持できなくなる。
17世紀は宗教裁判による拷問、処刑が最も陰惨さ、苛烈さを極めた時代だ。

プロテスタントに対抗するための劇的な扇動、感性や情念を利用する宣伝。
そこに表現されているのは静的なイデアではなく激しい情念である。

激しい動きは輪郭を曖昧にする。そして激しやすい人は強烈な色彩を好む。このバロックの曖昧な輪郭と強烈な色彩は時代を超えてフランス・ロマン派のドラクロアで復活する事になる。


② 明解な表面と不明瞭な奥行き

「明解な表面」と「不明瞭な奥行き」も同じく「静的イデア」と「動的情念」という事から説明できる。



奥行きを表現するために「一点透視」「二点透視」などの遠近法を発明したのはルネサンスだ。
もちろんヴェルフリンもその事は知っているが、発明する事とそれが「効果的に表現される事」は違う。

ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」も一点透視が使われているが、見た印象は平面的に見える。それはこの絵が運動を感じさせないからだ。ラファエロの絵はもっとはっきりとしている。彼の絵は時間が止まっている。


ルネサンスの根本モチーフが「自然の中にある比例関係を幾何学を使って暗号解読する事」である事は 前回書いた通りだ。
一見混沌としているように見える自然は、その奥に美しい秩序を持っている。それを外へ暴かなければならない。和辻哲郎が言うように、「内なるものを残りなく外にあらわに」しなければならない。

ルネサンス時代はパラケルススが活躍し錬金術が横行した神秘主義の時代でもあるが、この時代にゴシック的な不気味な暗闇(バロックで再び復活する暗闇)が消えていくのは、その神秘が幾何学によって解明できる、と考える楽天主義があったからだと思う。



一方バロックは宣伝、扇動の文化である。
ルネサンスの恵まれた知的エリートの主知主義ではなく、大衆を教育する為の文化であり、そのために感性、情念を最大限利用しようとする。
17世紀のサレジオ会、オラトリオ会、ヤンセン会などは大衆の教育のための修道会だ。

地動説が唱えられて以後、カトリックは数学と自然科学に敵意を示すようになる。1633年のガリレオ裁判以後、ルネサンスの自由な科学的探求はイタリアから姿を消し、カッラッチやカラバッジオに見られた初期バロックのリアリズムも消えてゆく。バロックはより幻惑的、装飾的な盛期バロックへと変わっていく。


バロック絵画の奥行きは、見る者の視線を表面から奥へと移動させる。その奥にある物はルーベンスの「四人の福音書記者」のように闇であったり、ガウリの天井画のように光であったりする。
しかし両者に共通するのは見る者を幻惑し扇動しようとする姿勢だ。



③ 完結した閉鎖的空間と空間の切断

17世紀の前半、ジョルダノ・ブルーノを汎神論を唱えた罪で火刑にし、ガリレオに二度と地動説を唱えないと誓わせたローマ法王庁であったが、いくら権力の力で弾圧しても自然科学の発達を止める事はできなかった。

人間とは無関係にひとりでに動き続ける宇宙、という観念は当時の人々を震撼させた。
ルネサンスのヒューマニズムは「神から特別な恩寵を与えられた人間」を前提とし、天動説と結びついていた。天動説が崩れればルネサンス的性善説の基盤も危うくなる。
地動説を否定した法王庁も宗教戦争という現実を否定はできない。



「自律的宇宙の発見」と「宗教戦争の現実」はローマ法王庁にとって同じ象徴的な意味を持っている。
それは「神の恩寵を拒否する、得体の知れない不気味な存在がカトリック圏外に拡がっている」ということだ。


世界の亀裂は人間の心の亀裂でもある。

バロック期の神秘主義者ヤーコブ・ベーメは「理性と欲望が対立するのか調和するのか」といったスコラ学的な、牧歌的な人間観を打ち砕く「底無しの深淵」について語っている。

理性そのものが(地動説の場合のように)悪魔に味方し、理性によって人間は善悪両極に引っ張られ、裂け目が生じている。その裂け目からかいま見える底なしの深淵、それはジョバンニ・ガブリエーリの音楽やシェイクスピアの悲劇に現れた深淵でもある。


バロック絵画における「世界の切断」は宇宙の発見と宗教戦争の時代の心象風景そのものであると思う。


④ 独立性を持った細部と全体の構図による支配

4点目の「多数性と統一性」はこのヴェルフリンの5項目で一番分かりにくい点だ。


彼は画面の統一性は既にルネサンスの古典主義の特徴である事を認めている。
つまり画面の統一性はゴシックからルネサンス、バロックへと次第に強まっていくのである。


彼は例によってこの思想史的意味については語ろうとしない。そこで素人考えながらこの意味を「近代の精神構造」という点から考えて見る。
 

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上の図は「反近代の精神構造」と「近代の精神構造」を模擬的にあらわした物である。       

中世は多重階層性の社会である。(左図)
頂点の国王や教皇と底辺の庶民の間に貴族、教会、ギルドなどの中間的存在があり、それぞれが一種の特権を持っている。
全体と個物との関係は「大宇宙と小宇宙の関係」であり、1つ1つの個物はその中に全体を反映し、その「内包された全体」を通じて個と個は「直接的に」関係する。

社会の近代化はそれらの中間団体が排除され頂点たる国王とその他の庶民に両極分解していく過程である。(右図)

1つの個物だけが突出して遥か上位に昇るとその他の個物はその頂点的個物との関係において差がなくなり平準化、水平化されていく。絶対王制における庶民の平準化が次の民主主義を準備したのであり、従って国王の権力が絶対的であったフランスでは民主主義も徹底的な所まで突き進み、絶対王制が不徹底であった日本の様な国家では民主主義も不徹底となる。
 
個と個の「直接的」関係は消え失せ、頂点の個を「媒介とした」関係に置き換えられる。




これはカトリック(左図)とプロテスタント(右図)の精神構造でもある。
カルヴァンの神は人間、自然からはるかに隔絶し、人間からの類推を許さない「隠されたる神」である。

この恐ろしき神の出現で「義理、人情」といった中世的感情は断たれ人間は神とのみ向き合う孤立した個人となる。これが資本主義を生む要因の1つとなった事はマックス・ヴェーバーが指摘した通りだ。



これはまた、物々交換(左図)から貨幣(右図)が生まれる過程でもある。いろんな商品のなかで貨幣という一商品だけが頂点に立つことにより、すべての商品の価値が貨幣によって測られるようになる。



つまり左図に対する右図の意味は「絶対王政の権力構造」でもあり、「プロテスタンティズムの精神構造」でもあり、「貨幣の論理」でもある。

バロック美術の画面の統一性は、この近代化の精神構造の現れだと僕は考えている。

これはバロック音楽の前期がポリフォニーからホモフォニーへという方向を目指していたのと同じである。