J-POPと言えば陽水、拓郎、ユーミン、中島みゆきの4人しか知らないという状態をそろそろ卒業したいと思っている。(笑) 
それは「自分の生きている社会に対して呪いの言葉ばかり投げつけていると、それが自分に跳ね返って今の社会で生きていられなくなる」という言葉を何処かで読んだ時から少しずつ考えていた事だ。「マーフィーの成功法則」だったか「引き寄せの法則」だったか忘れてしまった。

今のJ-POPを罵倒し続けていると次第に周りに友人がいなくなる、というのがその実例だ。ごく少数だが下らなくない曲もある事は間違いない。そういう物に目を向けて自分の幅を広げよう。


先ずは宇多田ヒカルから始めようか? 







宇多田ヒカルは聴いていて心地良い。適度にハウス、適度にメロディアス、適度にポリリズム、そして適度にソフィスティケートされ適度にアメリカナイズされている。彼女のPVにはロボットや未来都市、或いは仮想現実の様な風景が頻繁に現れる。それが非常に上手く歌詞とシンクロしている。

彼女の中に大人になる事を拒絶する少女が潜んでいる。しかしそれに抗い大人の女性になりたがっている宇多田ヒカルもいる。大人の世界は彼女にとってドロドロした世界だ。大人を拒む少女は恋愛をカラッと乾燥した状態で維持しようとする。それがロボットや仮想現実のイメージで現れる。

彼女は小松左京のドロドロした世界を嫌い星新一の乾燥した光景を選ぶ。(これは比喩的な意味であり、実際に彼女が小松左京より星新一を好きかどうかは分からない)

とにかくこの2000年前後の初期の乾燥した少しアップテンポの宇多田ヒカルは実に心地良い。