生物学もかなりブランクが開いたのでこれまでのテーマの流れを復習する事から始めたい。

僕はゲーテの「原型とメタモルフォーゼ」というテーマを生物学だけでなく化学反応、鉱物結晶の幾何学、比較神話学、深層心理学、政治経済思想史まで拡大できると信じている。

生物学ではゲーテだけでなくヘッケルの反復説やシェルドレイクの「形態形成場」
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化学ではウサノビッチの「酸塩基反応と酸化還元反応の統合」http

幾何学ではヌーソロジーやアダムスの「エーテル空間」http

神話学ではもちろんユング、ノイマンの元型論、思想史ではヴェーバーの理念型

などを全て「同じパラダイムに立つ物」として解釈し直そうという事である。

メタモルフォーゼは通時的構造を表すとは限らない。「イデア」が現実世界に現れる時に修正を受けるのである。



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これまで追って来たのはヘッケルの反復説が具体的にどの程度まで妥当性を持つか?という事である。ここが原点である。
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その後、無脊椎動物では「カンブリア爆発」によって一気に多くの種が生まれたため反復説が非常に朧げに、しかも部分的にしか妥当しない事を確認し、その朧げなグランドデザインを想像してみた。


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しかしこれもまだ思いつきである。その後は無脊椎動物の代表として貝類と節足動物の幼生やその原型を求めて、その場で思い付いたアイデアを書いてきた。さらにぶっ飛んでそれがタントラの美意識と関係していると考えた。この思いつきの羅列を少し整理した後に、もう少し具体的に、例えば循環系とか感覚器官に限定して、無脊椎動物における個体発生と系統発生の関係を考察しよう。

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しかしぶっ飛んだついでにもう一歩ぶっ飛んでみようか?(笑)
これまでも確認してきた様に、無脊椎動物ではカンブリア爆発でほとんどの形態プランが出てしまったのでヘッケル的反復は脊椎動物に較べるとはっきりとは現れない。しかし全く当てはまらないかと言えばそうでもない。昆虫の幼虫は原始的なムカデ型に似ているし、貝類の腸管の屈曲は腔腸動物への回帰とも考えられる。貝類の幼生トロコフォアの口の周りにある環状の繊毛はヒドラの触手の名残りに見える。

しかし個体発生の中に系統発生の順序と無関係にヒョコッと原始的な種の特徴が現れたりもする。節足動物の体節構造は環形動物からさらに植物、シアノバクテリアにまで遡れるし、タコやイカの様な高等動物に突然ヒドラ的な放射相称のボディープランが復活したりする。
この様なランダムと反復の混合、謂わば「ルーズな反復」は大変興味深い。この反復を脊椎動物の「ヘッケル的反復」に対し差し当たって「追想的反復」とでも呼んでおこうか? まるで想い出した様にフッと現れる反復である。

ここで僕の得意な飛躍である。脊椎動物のヘッケル的反復は比較神話学のノイマンの「系統的元型論」に照応し、無脊椎動物の「追想的反復」は元型の発達を否定するジェイムズ・ヒルマンの「アニミズム的元型論」に照応するのである。 http
 


これまで動物(特に無脊椎動物)のボディープランについて書いてきた事を整理しよう。

無脊椎動物の特に原始的な種では植物と共通する形態が見られる。この前はヒドラの放射状の触手を原型とし、そこから体節化と腸管の屈曲を二つの大きな傾向と見たが、この放射状触手と体節の二つは植物から継承している事は「ヘッケルの深化」の記事で書いた。


(1)先ずは体節構造に関しては「個のアイデンティティの確立」という原子的原理と「個と全体の重層性」というモナド的原理が衝突し「個は確定するがその中に全体性が残される」という地点が落とし所となるのである。その落とし所の時間的表現がヘッケル的反復、空間的表現が体節構造という事だ。


植物の体節構造が継起的である事はシアノバクテリアの糸状構造にまで遡れ、それが動物的体節とヘッケル的反復の中間的性格である事は「生命の弁証法」の記事に書いた通りである



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(2)ヒドラ型の環状の触手が植物の花弁と共通のボディープランに基づいている事はスズコケムシの例を見れば明らかだろう。

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(3)体節と深い関係にあると見られているのが「はしご型神経」である。

体節構造を持つ環形動物や節足動物の神経は基本的な太い神経が左右一対あり、そこから細い神経が枝分かれし、左右は体節ごとに繋がって全体として梯子の様な形になっている。

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器官の双対性についての僕の暫定的結論はここに書いた通りである。


基本的に放射相称の体制である腔腸動物の段階で生まれた器官は一つであり、移動相である左右相称の体制で生まれた器官は二つある。だから大まかに言って原始的起源を持つ器官が一つで、より進化した器官は二つという見方である。脊椎動物の中枢神経では高度な機能を持つ脳は右脳と左脳に分かれているが原始的な脊髄は一本である。しかし無脊椎動物と脊椎動物を較べてみると、より原始的な無脊椎動物ではしご型、脊椎動物の脊髄は一本、これはどう考えれば良いだろうか? これも今後の課題である。

しかし直感的な理解は既にできている。はしご型から脊髄への逆転に似た現象は血管系にも存在する。節足動物、軟体動物など主要な無脊椎動物では毛細血管が無く、途中で組織間隙に流れ出す開放血管系なのだ。それが脊椎動物では閉鎖血管系に転ずる。
このはしご型神経系から脊髄への転換と開放血管系から閉鎖血管系への転換は「裏返しにした様な」という共通の形容ができる。この辺りがヒントになるだろう。



(4)ヒドラ型の放射状の触手はどうやら体節形成と対立する関係(或いは代替関係)にあるようだ。
放射状の触手を持つ軟体動物(貝類、イカ、タコ等)には体節が無いし、体節構造を持つ節足動物(昆虫、カニ、エビ等)には幼生の段階から放射状の触手が無い。

環形動物は遺伝子解析により軟体動物に近いとされ、また節足動物と同様の体節構造を持つ所から両者の共通の祖先を想像できる。
その内ゴカイは貝類と同様に環状の繊毛を持つトロコフォアで成体は体節構造を持つが、成体では環状の繊毛は消える。ミミズも体節構造を持つが、トロコフォアの段階は通らない。

星口動物(下図)は環形動物の中では唯一のヒドラ型の触手を持つが、その代わりに体節構造を持たない。

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こうして具体例を挙げてみると、体節構造とヒドラ型の環状触手構造は互いを避けているかのようである。これは植物でも同じ事が言える。放射状の花を咲かせる被子植物では茎の節構造は曖昧で、節のハッキリしている竹では花は放射状にならない。ヒドラ型放射状構造と体節構造がハッキリと同居しているのはカビくらいである。

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ところがこのカビをよく見ると放射状の花に当たる部分が動物の手足の指を連想させる。もしかすると体節構造の導入によって放射状が変形して行ったのが体節の枝分かれや脚構造なのかもしれない。

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軟体動物における腸管のU字屈曲についてはコケムシの記事で生物学者の推測を書いた。

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それは上図の様に一度移動性の生活相Aで口と肛門が分かれた後、海底に半分埋もれる固着性の生活に戻ったため(C,D)と説明される。これは僕の「腔腸動物への回帰」という直感とほぼ同義であり、コケムシ、スズコケムシなどを説明するには説得力の有る説だ。Aに当たるのは直接の祖先ではないが、より原始的な種とされる線形動物、環形動物という事になるだろうか?

しかしこの説の難点は巻貝やイカ、タコなどの移動相の生物では何故直線的な腸管に戻らないのか、という説明ができない事だ。

そしてもう一つ、僕が前に指摘した様に、これは脊椎動物の腸管が曲がりくねっていくのと無関係だろうかという疑問もある。生物学者は軟体動物のU字屈曲は海底に固着する生活相のため、哺乳類の腸の屈曲は内側の表面積を大きくするためと説明する。

もちろんこれを否定するつもりはないしその通りだろう。しかし物理化学的には違った理由、目的を持つものでももっと超越的な視座から見ると同じ摂理に即しているという事が即ち「相似象」の概念である。

腸管の屈曲はニーチェ的に言えば「ディオニュソス」或いはノイマン風に言えば「否定的マザー」に関係しているだろうというのが僕の直感である。それは善と悪、畏怖と恐怖、穢れと罪の分離する以前の原初の混沌であり、ルドルフ・オットーの言う「ヌミノーゼ」でもある。その混沌が分離する事でドロドロしたものは両義的な物から悪魔的な物へ変化していくと暫定的な結論を出した。  http

その後、インド密教では(ゴシックの怪物と違って)それが強烈な歓喜を伴っている事を確認した。それは母権的社会、母性的宗教では原初のグレートマザーの両義性が維持され、父権的社会、父性的宗教では原初の混沌は悪魔的なものと認識されていく、と差し当たり理解しておく。

母権的社会の権力構造は網状、リゾーム状であり、中心を持たず幹と枝葉の区別も無い。理念型的には上下のヒエラルキーも無い。それは神と悪魔が分離しないグレートマザーの両義性に照応し、腔腸動物の散在神経系に対応する。

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父権的社会にはヒエラルキーが生じ、上下の区別、幹と枝葉の区別が生ずる。それは神と悪魔の分離、そして脊椎動物の樹状の神経系に対応する。