次第にハーディングの書が理論的というよりは「月の女神」 の現象記述というべき性格である事が分かってきたので、そのつもりで理論的根拠も探しながら豊かなイメージも味わいながら読み進めようと思う。

ハーディングは具体的な動物象徴の意味を考えるが、あまりその思考は普遍的なものではなく主にギリシアから中東の神話に限られているようだ。またそのイメージの掘り下げ方も(これまでのところ)日常的イメージの連想にとどまっている。


(1)牛 

例えば月の女神に野獣的側面と母性的側面があり、野獣的側面はライオンや豹、母性的側面は雌牛によって象徴されるといった具合である。 雌牛の角は三日月をも表している。すると当然雄牛の角はどうなのかという疑問が湧くが、その場合は母なる雌牛の子である。

こうしてバーバラ・ウォーカーの「神話・伝承辞典」で初めて知ったグレイヴスの神話解釈が再び登場する。即ち「クレタの王」を意味するミノスは月の女神パシパエと結婚し、ミノタウロス(月の雄牛)として周期的に再生した。しかし後にクレタを征服した父権制のミケーネ人がパシパエと雄牛の交わりを性的倒錯に、ミノタウロスをその報いとして生まれた化け物に書き換えたと言うのである。
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また中世ラテン語の聖歌ではキリストが「聖処女(聖母マリア)が捕えて飼い慣らした野生の荒々しい一角獣」 と表現されている。そこでは子牛は天と地の間に立って人々に救済の道を示す英雄である。


(2)ウサギ 

月の女神の息子は平和的で従順で我慢強い。その柔和な性格は山羊、子羊、さらにウサギに象徴される。ウサギはその非戦闘性ゆえに窮地において岐路を見出す場合もある。その場合、ウサギは指導者、案内者となる。

ここでハーディングはパウル・ラーディンによるウィネバゴー神話の解釈を念頭に置いているのは明らかだ。ウィネバゴー族にキリスト教が伝わった時、彼等のコヨーテ儀礼の構成員たちは「ウサギ」をなかなか手放さず、ある者は「自分達にはすでにウサギという救世主があるからキリストは必要ない」と主張した。(ユング「人間と象徴」上巻 p.174)
ウィネバゴー族の英雄神話の4段階はこの方のブログに分かりやすく表にされている。
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(3)鳥 

鳥、特に鳩も特別な意味を持つ。月の女神自身が翼を持って描かれる場合がある。(ディアーナ、アルテミス、アプロディテなど)鳩は啓蒙と知恵をもたらす月の光であり、キリスト教では聖霊、グノーシス派では知恵であるソフィアが女性的本質、つまりエロスと見做された。ハーディングは古代の月の女神の象徴がグノーシス主義を通ってキリスト教でも清められた形で保存されていると考える。つまり鳩は一方で聖霊、他方ではエロスの両義性を持っているとハーディングは主張しているわけである。

ここでハーディングから一端離れて世界的に鳥の神話がどの様な意味で語られているかまとめてみたい。これは大変興味深いテーマである。

バーバラ・ウォーカーによれば(
httpエジプト王やローマ皇帝は鷹や鷲が、キリスト教の聖人達は鳩が自分の霊魂を天界に運んでくれると信じた。バーバラ・ウォーカーはその根拠は幻視状態での浮遊感覚にあると考える。そう言えばカスタネダのインディアン呪術にもそんな記述が出て来る。

鳥に変身して空を飛ぶ体験は北欧神話のフレイヤの他、南太平洋、インドネシア、中央アジア、シベリア、インド、ケルトの妖精などにも共通する。 
烏と禿鷲は霊魂を天界へ運ぶ鳥、コウノトリは霊魂を地上に再生させる鳥と考えられた。 

霊魂を運ぶ以外に未来予知や秘義を与えてくれる鳥もある。 フクロウは夜の秘密を、鳩とナイチンゲールは愛の秘密を、鷲は未来を教えてくれ、カササギは神託を告げる鳥であった。 フェニキア人が女神アスタルテに捧げる生贄として聖王を火で焼いた習慣から不死鳥伝説が生まれた。それは血と炎と霊魂が結合した転生神話となっている。

古代中国では烏を太陽の鳥と見做した。そのモチーフは楚辞の「天問」での羿(ゲイ)の射日神話で既に現れ(
http  http)漢時代には「太陽の中に烏がいる」(日中金烏)と考えられた。
漢代の淮南子や絵画、また朝鮮の高句麗時代の墳墓にも「三足烏」が描かれる。また山海経には烏が太陽を乗せて移動する神話が見られる。



次に東アジアには南方系の蛇、龍の卵生神話と共にツングース系の鳥の卵生神話がある。

殷王朝の始祖、契(セツ)は母の簡狄が水浴びをしている時、玄鳥(燕)の卵を飲み込み身籠って産んだ子とされる。
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四川省の三星堆遺跡は殷時代のものと言われるが、その祭祀坑で発見された「青銅鳥脚人像」の完全な姿が再現された。
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これも殷の鳥神話と関係あるのだろうか?

秦王朝の始祖、大業にもほとんど同じ神話があるが、これは殷の神話を真似して取り入れたと思われる。http

新羅の朴赫居世も同様の卵生神話が伝えられている。紫の卵を知らせてくれたのは白馬と伝えられる。http
しかし別伝で鶏との説もあり、ここから新羅の国号が鶏林となったと言われる。http

また扶餘の始祖、天地王の神話では卵生ではないが天から王が百羽の鳥を家来として伴い舞い降りたと伝えられる。http  http   


秦王朝は中国の西疆たる陜西省の地に興起したが、鳥トーテムをもつ東夷の一派が西遷したものとみられている。東夷はツングースとも同系統の種族とみられる。

陳舜臣は「原始時代の中国の諸部族のトーテムは、東方の沿海に近いものは鳥類、黄河中流の中原地方のものは水族・・・魚、龍、蛇、そして西北のものは獣類が多い」と指摘し、夏王朝のトーテムは龍(蛇)、殷王朝は燕、周王朝は熊と推測している。(「中国の歴史」1. 講談社文庫版 p.204〜206 )

姜在彦は檀君神話の古朝鮮から高句麗は熊トーテム、新羅は鶏トーテムだったと推測している。(「朝鮮半島史」角川ソフィア文庫版 p.28 )

陳舜臣や姜在彦の説は古い人類学のトーテム概念を前提としているので修正が必要かもしれないが、王朝の先祖が動物と見られる事の特別な意味は重いものである。


日本の秦(ハタ)氏は秦の始皇帝の子孫という伝説があるが、やはり鳥伝説が伝わる。即ち、
秦公伊呂具が餅を的とし弓を射ると餅は白鳥となって飛び去り山の峰に止まって稲と化した。同じ伝承は豊後国風土記にもある。またヤマトタケルが死後白鳥となって飛び去った神話も中国、朝鮮と関係ありそうだ。