地蔵菩薩は他の菩薩と違い頭を丸め僧服を纏った比丘形で表される。
それは地蔵が衆生への慈悲の為、敢えて六道を輪廻し苦しむ衆生を救うからだと言う。大乗での菩薩とはそもそもそういう意味であった。だから地蔵菩薩はもっとも菩薩の原型に近いと言える。

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六波羅蜜寺 地蔵菩薩座像 運慶作


「地蔵菩薩発心因縁十王経」では地蔵菩薩は閻魔大王と同一であると説かれた。http
日本にある地蔵は主にこの経典に依っているが、これは9世紀頃、唐王朝で作られた「預修十王生七経」の「閻羅天子が普賢王如来になる」と釈迦に予言された事が日本に入って変化したものらしい。http

平安末期からの戦乱が続く中で末法思想が広まってから(すなわち密教の呪術の効果を人々が信ずる事ができなくなってから)阿弥陀如来、観世音菩薩への信仰と平行して民衆の間に広まっていった様だ。

阿弥陀如来が自分自身の極楽往生を願い、観世音菩薩は(どちらかと言うと)自分の現世利益を求めて信仰されたのに対し、地蔵菩薩は亡くなった家族への思いに支えられたらしい。

特に戦争や病気で亡くなった親や子、貧困の果てに川へ捨てた子や水子への供養・・・・・・

愛する者が亡くなる悲しみは何にも増して深く強烈である。
子に先立たれた母親の涙の前では瀬戸内寂聴氏も「何も言ってあげられない。一緒になって泣くしかない。」と語っておられた。

ましてその子が信心に目覚める以前に往ってしまい、地獄に堕ちようとしているとしたら、その苦しみは想像を絶するものがある。

地蔵菩薩が庶民の間に拡がったのは、そういう先だった家族をせめて地獄の苦しみから解放してあげたい、苦しみを軽減してあげたい、との必死の願いがあったのだろう。