深夜、唇が煙草を挟んでいる
とざされた部屋に心臓の羽搏きが
左右に拡げる黒い蔭! 二重のドア!
孤独な生きもののため
耳をすましている中枢に
つかれた椅子の軋る音・・・・
重たい時計の振子の音・・・・
頭上で屋根を剥ぐ不気味な爪の音・・・・
頬骨がつめたい空気のなかで尖ってくる
不図した思考が
うなだれた水仙の賢げな影を卓布に落す
鏡がひややかに自虐を睨む
私は怖れる
古風な銀の縁をつけて
いつもこの水が動かぬことを・・・・
自己愛が底深く凍りついてしまっていることを・・・
大きく見ひらいたうつろな眼の
おとろえた視力の闇をとおして
朧に姿を現わすこの髭だらけの死者は誰だろう
・・・鮎川信夫詩集より
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