この曲は一見アンデルセンの童話「人魚姫」の最終場面を描いて
いる様に見える。そのあらすじをWikipediaから引用しよう。



人魚の王の6人の娘たちの内、末の姫は15歳の誕生日に昇って行った海の上で、船の上にいる美しい人間の王子を目にする。
嵐に遭い難破した船から溺死寸前の王子を救い出した人魚姫は、王子に恋心を抱く。


その後偶然浜を通りがかった娘が王子を見つけて介抱した為、人魚姫は出る幕が無くなってしまう。人魚は人間の前に姿を現してはいけない決まりなのだ。だが彼女はどうしても自分が王子を救ったと伝えたかった。

人魚姫は海の魔女の家を訪れ、声と引き換えに尻尾を人間の足に
変える飲み薬を貰う。


その時に、「もし王子が他の娘と結婚すれば、 姫は海の泡となって消えてしまう」と警告を受ける。更に人間の足だと歩く度にナイフで抉られるような痛みを感じるとも。


王子と一 緒に御殿で暮らせるようになった人魚姫であったが、声を失った人魚姫は王子を救った出来事を話せず、王子は人魚姫が命の恩人だと気付かない。

そのうちに事実は捻じ曲がり、王子は偶然浜を通りかかった娘を
命の恩人と勘違いしてしまう。

やがて王子と娘との結婚が決まり、悲嘆に暮れる人魚姫の前に現
れた姫の姉たちが、髪と引き換えに海の魔女に貰った短剣を差し出し、王子の流した血で人魚の姿に戻れるという魔女の伝言を伝える。


人魚姫は愛する王子を殺せずに死を選び、海に身を投げて泡に姿を変え、空気の精となって天国へ昇っていった。しかし、王子や他の人々はそのことに気づくことはなかった。




声を失う事と尻尾が二つに裂ける激しい痛みを引き換えに王子の愛を手に入れようとした人魚姫。

しかし結局「どんなものも引換えにはできなかった」
「今はただ闇の奥で眠ってしまいたい」


最後は王子を殺すか自分が死ぬかの二者択一を迫られる。もちろん姫は自分が死ぬ方を選んだ。あまりに悲劇的な結末。




しかしその後のサビの部分「いつか貴方はやって来る」という言葉が童話と合っていない事に気付く。

童話では王子は人魚姫が死ぬ事さえ知らずに終わるはずだ。


そしてその後の言葉は何だろう?
「やがてバラ色の朝になり貴方は囁くのよ、悲しい夢だったと」   


ここまで来ると誰でも気付くだろう。この歌はアンデルセンの物語の裏にもう一つの別の物語が隠されているのである。

その隠された物語を想像してみよう。




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10年も連れ添いながら、ついに破綻した夫婦。


ちょっとしたすれ違いの積み重ねから深い溝が生まれていく事はよくあるものだ。


二人は互いに相手が浮気していると思い込み、もう回復不可能な段階に来ていた。


相手を愛する気持ちと恨む気持ちが共につのって行き、或る一線を越えてしまうと、もはや自力ではどうにもならなくなるものだ。
血を見ないと終わらなくなる。



妻は置き手紙を残して夜の海へ向かった。

彼女の心の底にはまだ微かな期待があった。

「夫が手紙を読み、走って自分を追いかけ、間一髪の所で手を引いて助けてくれるのではないか・・・」


彼女はわざとゆっくりと歩いた。10年の結婚生活が走馬燈の様に彼女の頭の中を駆けめぐっていた。



しかし崖の上まで来てしまった。

彼女は崖から夜の海を見おろした。月の明かりが微かに黒い波を照らしていた。


妻は寒さに震えながら30分待った。凝縮された時間が流れた。


・・・しかし・・・夫は来なかった。


全ての希望を失った彼女に残された最後の希望は・・・


「夫が自分の後を追って死んでくれる事」


妻は死を賭して「二人の愛が偽りでなかった事」を確かめようと決意する。

夜の冷たい海に彼女は身を投げた。

激しい苦痛で朦朧とする意識の中で彼女は叫ぶ。

「貴方は必ずやって来る」




一方、手紙を読んで驚き、あわてて海へ走って来た夫。

息を切らして崖の上まで来て妻のサンダルを見た時の絶望・・・

夫は崖の上から何度も妻の名を叫んだ。もちろん応えは無い。
号泣した後、彼も妻の後を追って海へ・・・・・


深い涙の底へ沈む妻の死体を遙か上から夫の死体が追いかける。




置き手紙は次の言葉で始まっていた。


「何て寂しさは果てしなく私を一人にする事でしょう。」


そして最後の言葉は


「でも私は信じています。いつか貴方がやって来る事を」
 



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ユーミンはこの曲について「どちらが夢なのか分からなくなる」と語っている。


そうすると、入水自殺するのが夢で「明日、やさしい腕の中で私は泣いている」のかも知れないし、逆に「やさしい腕の中で泣いている」のが死の直前に見た夢かも知れないのだ。


ユーミンはまたこの曲を「今まで作った中で最も悲劇的な曲」と紹介している。

前にも書いたように、ユーミンの歌には暗号で書かれた「隠された意味」があるのだ。


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大変嬉しい事にYouTubeのこのバージョンが今までで一番音質が良く、サビの部分のコーラスの美しさがはっきり分かるようになっている。 C のキーに直すと
  Dm7   G7   Cmaj7   Am7 「D」 E7   Am   A7  となるが、この「D」がユーミンのバッハ的センスなのだ。これがDm7だったらかなり安っぽい曲になっていただろう。

この D 一つがこの曲をバッハの4声コラールの高みにまで引き上げている。