ロシアと中国が今、パレスチナ問題に冷たい態度を取っているように見えるのだが、それについてこの記事にかなりのショックを受けた。
http://tmmethod.blog.fc2.com/blog-entry-3394.html
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少なくとも冷戦時代はまるで違っていた。今と対比するためにChatGPTに確認した。
冷戦時代にPLOは中国や北朝鮮で軍事訓練をしていたと聞きましたが事実でしょうか?
またソ連が特に支援したのはDFLPでしょうか?それともPDFLPでしたでしょうか?
ChatGPT:
非常に良い質問です。冷戦期のパレスチナ解放機構(PLO)およびその構成組織の外国支援関係は複雑で、国際政治の思惑が絡んでいました。順に整理します。
🟢 1. PLOと中国・北朝鮮との関係
はい、事実としてPLOの一部勢力は中国および北朝鮮で軍事訓練を受けていました。
1960年代後半〜1970年代初頭、中国(毛沢東時代)は「第三世界革命支援」の一環として、PLOのゲリラ戦士を訓練していました。
特に:**ファタハ(Fatah)や人民戦線(PFLP)**のメンバーが中国でゲリラ戦・破壊工作・政治教育を受けた記録があります。
訓練は主に雲南省や南方の山岳地帯などで行われたとされます。
中国はPLOを「反帝国主義の同志」として認識していました。
**北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)**も1970年代にPLO戦闘員を受け入れて訓練しました。
特に:北朝鮮はハイジャック戦術や特殊作戦の訓練を行ったとされ、
**PFLP(パレスチナ解放人民戦線)**との関係が比較的強かったと見られます。北朝鮮は1970年代を通じてPLOを「反帝国主義戦線の同志」として外交的にも支援しました。
🔴 2. ソ連が特に支援したのはどの組織か?
ソ連はPLOを全体として公式に承認しつつも、内部の派閥間で明確な「温度差」を持っていました。
ソ連が特に支援したのは:
**DFLP(パレスチナ民主解放戦線、Democratic Front for the Liberation of Palestine)**です。
(略称:DFLP、アラビア語:الجبهة الديمقراطية لتحرير فلسطين)
理由:
DFLPはマルクス=レーニン主義を公式に採用し、他のパレスチナ組織よりも明確に社会主義的でした。
指導者ナイフ・ハワトメ(Nayef Hawatmeh)はソ連・東欧諸国・中国すべてと連絡を持っていましたが、
特にソ連系の支援を重視しました。ソ連・東ドイツ・ブルガリア・チェコスロヴァキアなどが、
DFLP戦闘員の訓練・武器供与・政治教育を提供していました。
🟡 3. 「PDFLP」という名称について
「PDFLP(Palestine Democratic Front for the Liberation of Palestine)」という表記も一時的に使われましたが、
これはDFLPの初期(1969年設立直後)の正式英語名称です。
設立当初は PDFLP(Popular Democratic Front for the Liberation of Palestine) と称しました。
1970年代初頭に「Popular」を外して現在の DFLP に改称しています。
したがって、
ソ連が特に支援したのはDFLP(旧称PDFLP)である
という理解が正確です。
🧭 まとめ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 中国の支援対象 | 主にファタハ・PFLP(ゲリラ訓練) |
| 北朝鮮の支援対象 | 主にPFLP(特殊作戦・破壊工作訓練) |
| ソ連の主な支援対象 | DFLP(旧PDFLP)=マルクス=レーニン主義派 |
| PLO本体への支援 | 政治・外交面ではソ連・東欧・中国すべてが支援 |
もしご希望があれば、
当時の各派(ファタハ、PFLP、DFLP、PLFなど)の**外国訓練地と支援国をまとめた表(年代別)**も作成できますが、作りましょうか?
あなた:
ChatGPT:
素晴らしいリクエストです。
では、1960年代末〜1980年代前半における主要パレスチナ組織と外国支援国・訓練拠点を整理した一覧を以下に示します。
(時期はおおよそ、冷戦中期:1967〜1985年をカバーしています)
🗺️ 冷戦期におけるパレスチナ組織の外国支援・訓練関係表
| 組織名 | 主要思想・路線 | 主な指導者 | 主な支援国・訓練地 | 支援内容・特徴 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| ファタハ(Fatah) (PLO最大派) | 汎アラブ民族主義・現実主義 | ヤーセル・アラファト | エジプト(ナセル政権)、シリア、ヨルダン、中国、アルジェリア | 武器供与、ゲリラ訓練、外交支援 | 中国では1960年代末にゲリラ訓練を実施。比較的非イデオロギー的で幅広い支持。 |
| PFLP(パレスチナ解放人民戦線) Popular Front for the Liberation of Palestine | マルクス=レーニン主義、反帝国主義 | ジョージ・ハバシュ | ソ連・東ドイツ・北朝鮮・リビア・中国 | 軍事訓練、破壊工作・ハイジャック戦術、政治教育 | 北朝鮮では特殊工作訓練、中国ではゲリラ戦教育。冷戦期の「急進派」。 |
| DFLP(旧PDFLP) Democratic Front for the Liberation of Palestine | 正統マルクス=レーニン主義、親ソ連 | ナイフ・ハワトメ | ソ連、東ドイツ、ブルガリア、チェコスロヴァキア、シリア | 政治教育、軍事訓練、資金・武器供与 | ソ連が最も重視したパレスチナ組織。社会主義国家群から体系的訓練を受けた。 |
| PLF(パレスチナ解放戦線) Palestine Liberation Front | 民族主義(分派多し) | アブ・アッバス(派閥)など | イラク、シリア、リビア | 武器・資金援助 | 分派が多く、イラク派・シリア派に分裂。ソ連支援は限定的。 |
| As-Sa'iqa(サイカ) | バアス党系(シリア直轄) | ツフィク・アル・ハリディ他 | シリア(バアス党) | シリア軍による訓練・装備供与 | 事実上のシリアの代理組織。イデオロギーよりも国家統制型。 |
| ブラック・セプテンバー(Black September) | ファタハ過激分派 | 指導者非公開(Fatah内) | リビア、レバノン | 特殊作戦・諜報活動 | ミュンヘン五輪事件(1972)関与。国家支援は裏ルート経由。 |
| PFLP-GC(PFLP-総司令部) | マルクス主義・シリア寄り | アフマド・ジブリール | シリア・リビア | 軍事訓練、爆破工作支援 | シリア軍との密接連携、ソ連とも限定的接触。 |
🧭 時期別の特徴
| 時期 | 傾向 |
|---|---|
| 1960年代後半 | 中国が革命輸出の一環としてPLO諸派を支援。主にファタハ・PFLP。 |
| 1970年代前半 | ソ連・東欧諸国が支援強化。DFLPが中心的受益者。北朝鮮・リビアも実戦訓練を提供。 |
| 1970年代後半〜80年代初期 | ソ連の影響が頂点に。DFLP・PFLPが東欧で政治教育を受ける。アラファト(ファタハ)は外交的中道化。 |
| 1980年代以降 | ソ連圏支援が縮小。アラブ諸国の地域支援に再集中。中国は改革開放期に入り、軍事支援を減少。 |
🧩 補足メモ
中国と北朝鮮の支援は主にイデオロギーよりも「反帝国主義の同志」としての共闘関係に基づいており、必ずしも指導関係ではありません。
ソ連はより**体系的・制度的な支援(政治教育、党学校、軍事士官学校への留学など)**を行っていました。
DFLPはレーニン主義的党組織を最も忠実に再現したため、ソ連にとって理想的な「代理革命勢力」でした。
コメント
コメント一覧 (1)
中国に関してはもっと深い理由があると思われる。華僑とロスチャイルドの関係は抗日戦争の時に確立されているからだ。
現在でもジャーディンマセソンや香港上海銀行のグループに李財閥が深く関与している。
ミトラ
が
しました