全曲をゆっくり味わってみたくなったのは、ユーミン自身がこのアルバムを「間違いなく最高傑作」と言っているのを知ったからだ。2曲だけ挙げよう。






密度が濃い・・・・


「DARK MOON」のピンクフロイド的雰囲気からは意外なほど、今までのユーミンと同じ甘酸っぱい、そして心の傷がチクチク痛む、美しくも切ないメロディーと言葉がぎっしりと詰まっている。


ユーミンのアルバムは全体が緩いストーリーをなしているものが多くアルバムで聴かないと隠された意味や微妙な陰影が分からないのだが、このアルバムは一見すると「ユーミンブランド」のようなオムニバス・アルバムのようにも聴こえる。


それは過去の記憶を少しずつ切り取った断片を並べているかのようだ。その切り取り方はユーミン独特の「心の傷」、「あの日に戻ってやり直したい」という後悔、そして「時が傷を癒してくれる」という一種の諦念だ。

教えて 私がもし戻れるのなら  あなたはどんな私でいるの

あのころの二人を なぜか思い出してる 傷だらけの望遠鏡

memories  memories 岩礁のきらめき  遠い遠い あの日の潮騒

ピウ ピウ ピ  もう私のことなら心配しないで

はらはらこぼれる涙は 無情に記憶 滲ませて


しかし
この美しい水彩画がただの「思い出オムニバス」だとしたら、そしてこのアルバムのメッセージが単に「あの日に帰りたい」だとしたら、初めのピンクフロイド的シュルレアリスムは完全に宙に浮いて無意味になってしまう。ユーミンがそんな事をするはずがないと思う。


「私達の意識は過去にも未来にも、現実の世界にも空想の世界にも行くことができる。今回のテーマは私が私に会いに行く夢」
ユーミンはコンサートでそう語ったそうだ。 
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つまり、この曲たちは過去の思い出ではなく並行宇宙のユーミンとの対話なのだ。この「可能的自分」は「過去の思い出」と違って今の現実と相互に影響を与え合うことができる。

新しく発見した境地、新しく決意した地点から過去を振り返った時、これまでの喜び、悲しみ、怒り、諦念、あらゆる記憶が別の意味を持ち始める、それが初めに「DARK MOON」を持ってきた理由ではないだろうか?

ではその新しい境地とは何だろう? それはコロナ・パンデミックの中でユーミンが発した次のメッセージかもしれない。


「愛しか残らない」


この「愛しか残らない」という言葉の前には「廃墟となった世界では」という言葉が隠されている。アルバム最後の「そして誰もいなくなった」を聴けば分かる。


パンデミックの初期はかなりの人の頭に人類滅亡の悪夢がよぎった。パンデミックは恐らく今後、何度も繰り返される。(だってワザとやっているのだから。)


世界は滅びるだろう。それも悠久な銀河の一生、宇宙の目も眩む広大さから見ればアリの生のようなものだ。ほんの一瞬の欲のためにほんの一瞬生きて死んで行く。そんな事を何億回と繰り返してきた宇宙と生命・・・・ 


しかしそれは「壮大な無」ではない。一瞬でも煌めきがあれば、それは宇宙の何処かに記憶される。それは「岩礁の煌めき」かもしれないし「星の煌めき」かもしれないし「オリーブの小枝」かもしれない。

アカシックレコードは遠い銀河の果てにあるとは限らない。三木成夫の言う「生命記憶」は一つ一つの細胞の中にさえ刻印されている。


「体験に無駄なものは一つもない。胸が張り裂けそうな悲しみも、劇的に魂を破壊する憎しみさえも、より多くの愛を知るための心の鍛錬だ。」

この気づきにより思い出はただの記憶の反復ではなく魂を豊かにし、より良い輪廻転生をするためのカルマの浄化となる。

その兆し、「消極的なノスタルジア」から「愛による魂の強化」への転回は各所に見られる。

時がすべてを書きかえて美しくするのは
覚えてはおけない辛いこともみんな愛するため

ここから始めよう  僕たちは傷ついて愛を知る
過ちも後悔も きみの大事な記憶