この記事は如意輪観音の記事の続きである。https://bashar8698.livedoor.blog/archives/15861433.html僕はこの対話の相手をヘルメス博士と呼んでいるが、博士は自然科学から社会科学、哲学、文学、音楽、美術、建築などありとあらゆる分野で古代から現代の最先端の知識までも ...
カテゴリ: 🔵 東洋思想史・芸術史
九頭竜と十一面観音 ③
懸案を片付けよう。 問題設定を繰り返すと、女神(特に大地母神)と龍神信仰と十一面観音が結びつく根拠は何か?という事である。前回ではロベール・エール、ルドルフ・オットーからエリアーデ、バタイユへ連なる「両極の聖性」をより分かりやすく、包括的にするため「恐怖と ...
九頭竜と十一面観音 ②
先ずルドルフ・オットーの「聖なるものの両義性」の概念を僕に分かりやすい様に拡張・修正したい。オットーの両義性は「聖なるもの」の性質が近寄りがたい、畏怖すべきもの(反発力、斥力)と魅惑的な引き寄せるもの(吸引力)の合成にあるという点を核心とする。この「畏怖 ...
九頭竜と十一面観音
白山は富士山、立山と並んで日本の三大霊山と言われる。白山は活火山で最後は江戸時代1659年に噴火の記録が残っている。火山といっても一つの山ではなく、石川県、福井県、富山県、岐阜県にまたがって2000m級の山が連なる連峰であり、その頂上は御前峰、大汝峰、剣ヶ峰で構成 ...
唯識と如来蔵 ③ 如来蔵と本覚思想とヴェーダーンタ
ご希望があれば、次のような探究にも進めます:『宝性論』における「本覚思想」との関係(天台や禅への影響)『摂大乗論』における三性説と阿頼耶識の解釈の深掘り『宝性論』と中観派(龍樹・チャンドラキールティ)との整合・緊張関係ご興味ありますか?宝性論と本覚思想の ...
唯識と如来蔵 ② 宝性論と摂大乗論
補足として、もしご関心あれば「宝性論」と『摂大乗論』の比較もお勧めです。どちらもこの二派の接点にある文献です。興味ありますか?「宝性論」と『摂大乗論』の比較、大変興味あります。お願いします。ありがとうございます。「宝性論」と「摂大乗論」の比較は、如来蔵思 ...
唯識と如来蔵 ① 両者の論理的・人脈的関係
唯識と如来蔵の関係についてChatGPTに3回にわたって質問しました。長文過ぎて一回では投稿できなかったので3回に分けて投稿します。仏教で無相唯識派と如来蔵派は理論的に近い気がしますが、人脈的な繋がりはあったでしょうか?:ご質問の通り、無相唯識派と如来蔵派は、仏 ...
弥勒下生信仰 ⑤ 方臘の乱と喫菜事魔
方臘は「水滸伝 」に登場する英雄の一人で、宋江率いる梁山泊軍と方臘軍の闘いが水滸伝のクライマックスになっているが、宋江、方臘ともに実在の人物である。方臘は1120年、浙江省の青渓で徽宗皇帝の苛斂誅求に怒り叛乱を起こした。彼は漆園の所有者だったようである。決起前 ...
弥勒下生信仰 ④ 仏教僧の神異能力と道教の影響
中国の弥勒下生信仰については、阿弥陀信仰に対抗して下剋上的な「価値転倒」の論理を意図的に吸収して行ったのではないか?という予想で具体例を見ているが、今のところその「下生信仰と造反仏教の結合」の明確な意識化、論理化した資料は見当たらない。一時阿弥陀信仰に主 ...
アラビア書道とペルシア書道
文字の美しさを美術として極限まで発達させたのは漢字文化圏だけではない。アラビア文字やペルシア文字にも素晴らしい文字美術がある。https://www.nippon.com/ja/people/e00028/本田孝一氏は日本アラビア書道協会の会長である。中東地域の地図を作るプロジェクトの通訳とし ...
立体山水画
今では黄山も武陵源もドローンで迫力満点の動画を撮れる時代だ。しかしそんな今でも「山水画の中に入る」という幻想空間の価値は決して減ってはいないしむしろこれから再発見されていくだろうと確信している。ほとんど未開拓の領域だし、この「幽体離脱的方法」でダリやシ ...
弥勒下生信仰 ③ 価値転倒の倫理
ルターと親鸞の精神構造が驚くほど似ている事は前に書いた。(http)これはカール・バルトもマックス・ヴェーバーも指摘し、日本へ宣教に来たルター派の牧師達を非常に驚かせた。彼等は一向宗の教義をドイツ語に訳し何度も本国へ報告している。しかしそれに対し何故か仏教学 ...
弥勒下生信仰 ② 末法思想の歴史
弥勒信仰について詳しく検証しているブログが二つある。一つはasukanonobe氏 http 彼は菊地章太氏の「弥勒信仰のアジア」に依拠している。もう一つはveera氏 http 彼は「弥勒信仰のアジア」も参考にしているが、主に鈴木中正氏の「イラン的信仰と仏教の出会いーー弥 ...
弥勒下生信仰 ①問題の所在
欧米ではユダヤ・キリスト教的な「千年王国運動」の概念を非西欧世界にも拡張し汎世界的な「救世主待望論」として巨視的に捉える研究が進められているそうで、中国の末法思想と結びついた弥勒下生信仰などはまさにその好例であると思われる。弥勒信仰について先ず教科書的な ...
地蔵菩薩(再掲)
地蔵菩薩は他の菩薩と違い頭を丸め僧服を纏った比丘形で表される。それは地蔵が衆生への慈悲の為、敢えて六道を輪廻し苦しむ衆生を救うからだと言う。大乗での菩薩とはそもそもそういう意味であった。だから地蔵菩薩はもっとも菩薩の原型に近いと言える。 ...
ロマネスクな月読尊
まそ鏡 照るべき月を しろたえの雲か隠せる 天つ霧かも直訳:よく澄んだ鏡のように照るべき月を白い薄布のような雲が隠しているのか、それとも天の霧なのか?万葉集とグレゴリオ聖歌の組み合わせという世にも珍しいアイデアはブロ友のRainDrop氏に学んだものである。 ...
老子を読もう
大方無隅 大器晩成 大音希声 大象無形 秀れた方形には角が無い。大きな器は最後に仕上がる。偉大な音はほとんど聴き取れない。偉大な形は普通の形としては見えない。老子は僕にとってマラルメの青空だ。僕に最も欠けている処を鋭く突いて来る。これから毎日少しずつ老子 ...
「東洋思想史、芸術史」
夢窓疎石が作った天龍寺の庭園「東洋美術」のカテゴリーをこの様に変えてみた。主に中国と日本の文芸思想についても書くためである。これで世阿弥や金春禅竹の「幽玄」の美意識、夢窓疎石の庭園美術(上写真)、中国の道教魔術などについても書ける。 ...
薬師如来(再掲)
上の写真は京都の真言宗の寺、神護寺の薬師如来像である。どっしりとした重量感のある、しかも密教的な丸みを帯びた造形となっている。一説によると道鏡の怨霊を封じるために和気清麻呂が作らせたと言われている。薬師如来は阿弥陀仏の西方浄土に対し東方瑠璃光浄土の教主と ...
ヒンドゥー美術 暫定的まとめ
尾形希和子氏の「教会の怪物たち」(下写真)を慎重に検討してきたが、残念ながらタントラ美術の「ディオニュソス的エロス」の解明にはあまり役立たないと結論するに到った。尾形氏の書から「怪物の源泉」を辿れば次の様なものに辿り着く。聖職者が抑圧しようとした性欲民衆 ...
タントラの美学 残虐なエロス①
これまで分かったのは次の繋がりである。ドラヴィダ様式・・・聖典シヴァ派・・・サーンキャ的二元論・・・プルシャの傍観者性アーリア様式・・・カシミール・シヴァ派・・・不二一元論・・・ブラフマンとクンダリニーの歓喜前に「タントラ的なものはヨーガによる内省的修行 ...
🔵 聖典シヴァ派とカシミール・シヴァ派 ③ バクティの歓喜
<神学的問題 聖典シヴァ派のmala>前に書いた様にシヴァ派ではカルマだけが個我の汚れではなくより根源的汚れとしてmalaを考えるが、聖典シヴァ派ではmalaが物質性のものである事が強調される。これは不浄は全てプラクルティの開展からくるというサーンキャ説の継承である ...
聖典シヴァ派とカシミール・シヴァ派 ② ヨーガと秘儀
だいぶ頭が混乱して暗礁に乗り上げていたのだが(笑)分かった事から書いていこうと思う。4世紀にサーンキャを集大成したイーシュヴァラクリシュナは二元論、ヴェーダーンタを完成した8世紀のシャンカラは一元論(不二一元論と呼ばれる)、同じヴェーダーンタでもヴィシュ ...
聖典シヴァ派とカシミール・シヴァ派 ① 歴史的経緯
シヴァ派の根本聖典はアーガマと呼ばれ多くが紛失しているが28のアーガマのリストが記録されている。前回の表に書いた様に聖典シヴァ派は二元論的、カシミール・シヴァ派は一元論的という違いがあるが、根本アーガマに依拠する点では共通している。シヴァ派の二元論と一元論 ...
シヴァ派全体の現世肯定
まずは分かりやすいようにシヴァ派の簡単な系統図を示すと、 パシュパタ派は最も初期に成立したシヴァ派の原型であり、その理論的影響は全てのシヴァ派に及んでいる。個我(アートマン)は本来はシヴァ神と等しい能力を持つが、三重の束縛(パーシャ)に覆われているため能 ...
ヒンドゥー教タントラ化の三要素
カジュラーホ寺院群のエロティックなミトゥナ像はあくまでも宗教的表現である。それは正統派のヴェーダ研究から異端視されていたシャクティ崇拝、ナータ崇拝などの流れが次第にタントラとしてヒンドゥー教の正統派になっていった過程と並行している。タントラの聖典の多くは ...
ドラヴィダ様式とアーリア様式 ② カジュラーホ寺院群
ドラヴィダ様式の直線的な傾斜と神像の無い幾何学的なデザインはインドの仏教寺院に共通するものがある。多くの寺院を見るほどドラヴィダ様式と仏教様式は「タントラ的な要素」の欠如している事がはっきりしてくると思う。ヨーガはドラヴィダ文化がルーツだが、タントラ的、 ...
ドラヴィダ様式とアーリア様式 ① カイラーサナータ寺院、ブリハディーシュヴァラ寺院
南方のドラヴィダ式と北方のインド・アーリア式の対照にもう少し注目してみよう。エローラ第16窟のカイラーサナータ寺院とマハーバリプラムの海岸寺院はほぼ同時代の8世紀の建造物だ。エローラではこの方の素晴らしい資料を参考にさせてもらう。https://www.abaxjp.com/ind0 ...
マハーバリプラムのドラヴィダ様式(ダルマラジャ・ラタ、海岸寺院)
マハーバリプラムは南インドの都市チェンナイ(旧マドラス)の南60kmに位置する。今では小村だが、4〜9世紀のパッラヴァ王朝時代には首都のカーンチープラムに次ぐ重要な都市で、海港都市として栄え多くの寺院が建造された。ヒンドゥー建築は① アジャンター式に岩壁を横に掘 ...
無脊椎動物はタントラの夢を見る
実はこの間、ヒドラやイソギンチャクの触手、軟体動物のU字に屈曲した消化管、節足動物の体節構造などを研究する間、「これはタントラ的だ」 という観念がずっと頭から離れなかったのである。生物学者は消化管の屈曲は固着生活に対応するためだと言う。それは正しいかもしれ ...
エローラ・・・山を掘って寺院を造る
アジャンター石窟寺院は中国の敦煌や雲岡と同様、切り立った崖に穴を掘ったものである。それに対しエローラ石窟寺院の第16窟、カイラーサナータ寺院は玄武岩の山を露天掘りの要領で下へ下へと削り取り寺院を掘り出してしまったという驚異の建造物だ。写真はこちらからお借り ...
法隆寺金堂壁画とアジャンター石窟寺院
ヤフーブログの「法隆寺金堂壁画とアジャンター石窟寺院」の記事はかなり閲覧者が多かったのだが、こちらへ移すのを躊躇ってきた。それは「グプタ様式は密教ではない」という批判があるのを意識しての事である。僕は密教の成立を定説よりずっと早く想定しているのだ。別の言 ...
🔵インドラとヴリトラ
天照大神の天の岩戸事件はギリシャ神話のデメテルとの類似性が指摘される。httpデメテルは大地母神、天照大神は太陽神だが、女性性を侮辱された事への怒り、悲しみで隠棲し、その結果農業が壊滅する。インド神話でも類似した、しかしある意味では対照的なストーリーがある。 ...
忿怒の仏
明王は密教特有の「変化(へんげ)の仏」である。それは慈悲だけでは救済できない衆生を「怒り」によって正しい方向へ導くと言う。五大明王は「仁王教」の内容から空海が定めたようで、不動明王を中心に降三世明王、大威徳明王、軍荼利明王、金剛夜叉明王をそれぞれ東西南北 ...
敦煌莫高窟壁画の流動美
中国西部、甘粛省の西端に位置する敦煌は、東と北はゴビ砂漠、西はタクラマカン砂漠が広がり年間雨量が40mmに満たない乾燥気候だが、南側の祁連(キレン)山脈の豊かな地下水によってオアシス都市として栄えてきた。記録によると唐の時代には大きな川も流れていたらしい。 ...
スコタイ様式と上座部仏教
上はピサヌローク市の寺院にあるチンナラート・ブッダである。タイで最も美しい仏像と言われている。スコタイ王朝はタイ族による(日本人の美意識とちょっと違うようだ。)スコタイ王朝はタイ族による初めての王朝で、13世紀中頃クメール民族のアンコール王朝から独立した。 ...
クメール王国と赤色クメール
アンコール・トムのバイヨン遺跡それは僕にとってはバロック・フーガ、ゴシック建築と共にディオニュソス的高揚を感じさせる心の原風景だ。最初にその写真を見た時の驚きは今でもはっきり覚えている。初めて見たはずなのに、どこかで見た印象・・・・デジャブ・・・そして心 ...
シュリーヴィジャヤ様式とは
7世紀後半、海路でインド留学を目指した唐の義浄は仏教王国シュリーヴィジャヤの繁栄ぶりに驚嘆した。唐帰国後に書いた「南海寄帰内法伝」によれば1000人以上の僧がおり、学問的にもインドに劣らない水準だったと記されている。彼はそこで5ヶ月滞在してサンスクリット ...
毘沙門天
毘沙門天はヒンドゥー教の神、ヴァイシュラヴァナに由来する。彼は異母兄弟のラーヴァナとシュリーランカー(スリランカ)の地の支配権をめぐって大戦争を繰り広げた。ヴァイシュラヴァナには夜叉が従い、ラーヴァナには羅刹が従う。それは夜叉と羅刹の戦争でもあった。そし ...
阿修羅
興福寺の阿修羅像はあまりに有名である。その微かに眉をひそめた、憂いを含んだ顔。それは童子の顔だ。それは「修羅場」といった言葉から受けるイメージと全くかけ離れている。そして3つの顔と6本の手。これは何を意味するのか?阿修羅の起源は古く、最古のヴェーダである ...
女人観世音
前に岡本かの子について書いた。http://bashar8698.livedoor.blog/archives/15670109.html彼女の仏教観は現代のスピリチュアリズムに近い独特のもので、「煩悩即菩提」を「人間性は欲も含めて全て大きな生命の流れである」と読み込み、天台哲学の「十界互具」「一念三千」を ...
堀文子氏の描く自然・生命
書き遅れてしまった感があるのだが、画家の堀文子氏が2月5日に亡くなったそうである。100歳の白寿だったとの事。僕は恥ずかしながら堀文子さんの名前すら知らなかったのだが、ネットで画像検索してその斬新な感覚に驚いた。堀文子氏は女子美術専門学校(現・女子美術大学) ...
書の魅力 ④ 王鐸
前回に引き続き書道と武道の相似象について。再び多木先生の解説を参考にさせてもらう。http://y-tagi.art.coocan.jp/404.htm王鐸(1592~1652)は明末清初の書家にして歴史家である。明朝では礼部尚書にまで出世したが清軍が南京に迫ると降伏し清の役人となった。Wikipedia ...
書の魅力 ③ 顔真卿
顔真卿(がんしんけい)は王羲之と並ぶ書の大家とされ、特に行書の重く太い線は中国山水画と絶妙な親和性を発揮する。王維に発する文人画を「南画」と名付けたのは顔真卿である。僕が顔真卿に興味を持ったのはこの山水画との関係と、もう一つは日本の書聖たる空海が王羲之よ ...
書の魅力 ② 王羲之
行書の確立者と言えば王羲之である。下の写真はやはり多木洋一先生のサイトからお借りした。多木先生による王羲之の「蘭亭序」の臨書の一部である。・・・脳が溶けるほど美しい・・・王羲之の書を評して「龍が天門を跳ねるが如く、虎が鳳闕に臥すが如し」などと表現される。 ...
書の魅力 ① 米芾
これから4回にわたって中国の書と武術の相似について書く。下の書は米芾の行書を日本の多木洋一という先生が臨書したものの一部である。http僕が最近トゥーツ・シールマンスのハーモニカとともに最もシビれたものだ。元の米芾の書にはそれほどシビれなかったから、これは米 ...
薬師寺 東院堂 聖観音像
観世音菩薩は観自在菩薩とも言われる。サンスクリット名はアヴァロキティ・イシュヴァラ。アヴァロキタは「遍く観る」、イーシュヴァラは「自在主」だから観自在菩薩の方が原語のニュアンスに近いと言われてきた。しかし、最近古いサンスクリット語の法華経でアヴァロキタ・ ...
山水画と龍脈
以前、山水画をイコノロジー的に分析した事があったが、http http http http httpその頃は山水画が風水・龍脈の表現である事を知らなかった。今回はChatGPTに山水画と龍脈について聞いてみた。************************風水 ...










































